第145話

昼休みも終わりに差し掛かった午後1時。校内では再び、一般参加者が集団を成して歩く姿が見られ始めた。

午後から新しくやってきた参加者も加わり、教室前の廊下は一層賑やかさが増したようにも思える。


グラウンドでは早食い大会に続き、カラオケ大会が開始された。

この文化祭に参加している者たちが作り出す喧騒の間を縫うように、外からはアップテンポな曲を歌う男子生徒の声が聞こえてくる。

未だに夏の雰囲気を残した太陽は、まるで文化祭を楽しむ人々をジッと見つめるかのように真上から照らし、正門と昇降口を繋ぐアプローチには、沈むような濃い影がいくつもできていた。


俺は窓から見えるその染みのような黒い影をぼんやりと見つめながら、先程の出来事を思い返していた。


***


「ねぇ、蒼子ちゃん。良かったら、次のプラネタリウム上映まで一緒に文化祭周らない?」


本日最初のプラネタリウム上映が無事終了し、白月といくつか言葉を交わし合った後、教室の黒板上部にかけられているアナログ時計に目を向けた葉原が、白月に尋ねた。


それから葉原は、白月がその答えを口にする前に「あっ」と思いついたように言葉を付け足す。



「せっかくだから、晴人くんも一緒に周ろうよ。天文部の思い出としてさ!」


「俺も?」


葉原からの突然の申し出に思わずそう訊き返す。しかし、それに対する答えはすでに決まっていたため、俺は今一度葉原に向かって口を開く。



「……実は、クラスの奴らと一緒に周る約束してんだ。悪いな、葉原」


そう告げると、葉原は少しだけ残念そうに眉を下げつつも、「それじゃあ、仕方ないね」と渋々納得してくれた。



確かに俺も、この2人と一緒に文化祭を周ってみたいという気持ちはあった。

しかし、昨日輝彦たちと「一緒に行動する」と約束してしまった以上、再びそれを破ることは出来ない。

俺の中で輝彦と誠は、葉原や白月と同じくらいにかけがえのない存在となっているのだ。


せっかく葉原が提案して誘ってくれたというのに、それを断ってしまったことに少しばかりの罪悪感を感じていると、葉原は俺から白月の方へと視線を向け直し、優しく問いかけるように訊き返す。



「それで、蒼子ちゃんは?」


そう尋ねられた白月は、それまで閉ざしていた口を小さく開き、か細い声を発した。



「…………私は——」



それに続く言葉を白月が発しようとした瞬間、葉原のスマホから軽快なメロディが流れ出した。葉原は慌ててスマホを手に取り、耳に当てる。どうやら、友人からの着信だったらしい。


それから葉原は、何度か頷くように相槌を繰り返し、20秒ほど発信主と話をしてからスマホを制服のポケットにしまい込むと、神妙な顔つきでこちらを振り返った。



「……ごめん、蒼子ちゃん。クラスの手伝い頼まれちゃった……。なんか、シフトの子が急に体調崩して人手が足りなくなったみたいでさ……」


葉原はだんだんと泣きそうな表情になりながら、訥々と語る。


白月は、そんな葉原を見てクスクスと小さく笑い声をあげると「気にしないで」と、葉原の手を取り、両手で優しく包み込んだ。



「葉原さんは、私が1人にならないように気にかけてくれたんでしょう? その気持ちだけで十分よ。……ありがとう」


「蒼子ちゃん……」


「あなたは、あなたを頼ってくれる人の元に行きなさい。私は大丈夫だから」



そんな白月の言葉を受け、葉原は手の甲で目元を拭うと、


「クラスの手伝い終わったら、一緒に文化祭周ろうね!」


と、強く約束を持ちかける。


それに対し白月は、少し考える素振りを見せた後で、「えぇ」と優しい微笑みを浮かべてみせた。

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