第142話
2-1教室を出た後、多くの人々で賑わう校内を輝彦たちと共に見て歩いた。
宣伝用のプラカードを高く掲げ、周りの喧騒に掻き消されぬよう精一杯声を張り上げる生徒。
オレンジ色のTシャツを身につけ、忙しない様子で校内の見回りを行う文化祭実行委員。
そして、楽しげに談笑を交えながら校内を見て周る来場者たち。
そんな学園生活における非日常の中でも時は確実に進み、気がつけば時計の短針はもうすぐ11時に差しかかろうとしていた。
「そろそろ、白月のところに戻るわ」
多少人通りが少なくなった階段の踊り場で、俺は2人に向かってそう告げる。
「おう、分かった。部の方も頑張れよ」
「午後からまた周ろうね」
俺はそんな2人に短く返事を返すと、そのまま階段を上り、3年生教室が立ち並ぶ東棟3階へと向かった。
***
天文部の作品展示会場となっている3-3教室前には、既に20名ほどの客が集まっていた。明らかに昨日よりも人が多い。
俺はさっそく宣伝の効果が出ていることに感心しながら、教室後方の扉を開けて中へと入る。
すると、教室ではちょうど白月と葉原が、何やら話をしている最中だった。
そんな2人を見て、今回も俺が最後に到着してしまったことに少しばかりの罪悪感を感じていると、扉の音に気づいた葉原がこちらに目を向けた。
「あ、晴人くん。廊下の列見た? 凄いよねー!」
やや興奮気味に口を開く葉原は嬉々とした表情を浮かべ、俺はそれに対して、同じように笑みを浮かべて言葉を返す。
「あぁ。宣伝してくれた人に感謝しないといけないな」
「そーだね。蒼子ちゃんも同じこと言ってたし」
そう言って、白月の方を振り返る葉原につられて、俺も同じように目を向ける。
すると白月は、困ったように眉を寄せながらも、僅かに口元を綻ばせ、苦笑しながら口を開く。
「主催者である私たちが宣伝するよりも、実際に訪れた第三者の意見の方が信憑性があるものね」
「確かに」
白月の言葉を受けて、葉原はケラケラと笑い声をあげる。
俺はそんな2人のやり取りを眺めながら、そっと自分の胸を撫で下ろした。
……良かった。
白月が、しっかりとそこにいる。
俺たちの愛する日常が、まだそこにはある。
俺は柏城の一言を受けてから、白月が今よりさらに遠くの存在になってしまうような、そんな不安感を覚えていた。
さっきだってそうだ。
この教室の扉を開けた時、もしそこに白月の姿が無かったら……。
夜の闇に溶けて消える線香花火のように、存在そのものが無くなってしまっていたら……。
そんな空想の域にまで達する不安感で、俺の指先は小刻みに震えていた。
けれど今、俺の瞳にはしっかりと白月の姿が映っている。確かにそこに存在している。
やはり柏城のあの言葉は、俺を不安に陥れるためのハッタリだったのだ。
そう自分に言い聞かせることで、俺は乾いた泥のような不安感を小さく分解させることにした。
白月と柏城の問題については、文化祭が終わった後にでも、ゆっくり話し合いの場を設ければいい。
焦りは間違いしか生まない。
長い時間をかけて話し合いを行えば、きっと白月が抱える問題にも、柏城が抱える感情にも、きちんと整理がつく。
だから今は……今だけは、この尊い時間を大切に過ごしていたい。
白月は、そんなことを考えている俺を穏やかな微笑みを浮かべて見つめると、短く息を吸ってから「さて」と話を切り出した。
「そろそろ列を教室内に案内しましょう。せっかく来てくれたお客さんを待たせては悪いわ」
そう言って、白月は教室前方の扉を開ける。
「お待たせしました。これより、天文部プラネタリウム上映を開始します」
そんな白月の挨拶と同時に、廊下から続々と来場者が教室に入ってきた。
次第に教室が賑やかになっていく。
友人を連れてやってきた他校の女子生徒。
壁に貼られた写真に興味津々な子供とその母親。
仲睦まじそうに見える老夫婦。
俺は、歳も性別も関係性も違う人々が、思い思いの感想を口にしながら教室内を周る様子を見て、素直にとても良い気分になった。
葉原も、そして白月も、今の俺と同じ感情を抱いてくれていれば良いと、星に祈るようにそう思った。
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