第133話

9月16日 日曜日。文化祭2日目、最終日。


夜が明け、再び朝がやって来た。見上げた秋晴れの空には白い太陽が浮かび、街を淡く照らしている。


***


昨日のこともあって、正直あまりよく眠れないんじゃないかと危惧していたが、思いのほかよく眠ることができた。きっと肉体的にも、精神的にも、結構疲労を感じていたのだろう。

普段、あれだけ大勢の人と関わることなんてそうそう無いため、体も心も突然のことに驚いてしまっていたのかもしれない。


そんなことを考えながら、学校に向かっていつもの通学路を進んで行くと、ほんの15分ほどで俺たちが通う凪ノ宮高校の校舎が見えてきた。正門には昨日同様、カラフルなバルーンアーチが備え付けられてある。

そして、そのバルーンアーチに吸い込まれるかのように、凪ノ宮高校の制服に身を包んだ生徒たちが次々と校内に入っていくのを見ながら俺も正門をくぐり、昨日の熱を思い出したかのように賑わうアプローチを通って昇降口へとやってきた。


昇降口の下駄箱で外履きから内履きに靴を履き替えていると、1年生教室が立ち並ぶ廊下で1学年の主任が各クラスを周り、準備に取り掛かっている生徒たちに向かって気さくな挨拶をしているのが確認できた。

どうやら文化祭最終日ということもあって、教員一同もそれなりに浮かれているようだ。


俺はそんな校内の様子を眺めながら、1年生教室の前を通り、階段を上る。


そして、2年生教室が立ち並ぶ東棟2階までやってくると、1階で見たのと同じように沢山の生徒が廊下に出て何やら作業をしており、まだ一般参加者の入場まで1時間もあるというのに辺りはひどく騒めいていた。


そんな喧騒に耳を傾けながら、俺は2-2教室後方の扉を開けて中へと入る。



「おーっす、晴人」


「おう」


教室に入るなり、文化祭の準備を行なっていた輝彦がこちらに挨拶を飛ばしてきた。

俺はそれに対し短く挨拶を返すと、辺りを見回す。


教室に集まっている奴のほとんどは、調理器具や食器類の準備、教室の掃除などを行なっていて忙しそうだ。この中で何もせずにいるのは流石に気が引ける。


俺は鞄を壁際に置くと、黒板前の集団にいる輝彦に声をかけた。



「俺も手伝う。何をすればいい?」


「あー、そうだな。んじゃ、こっちは大体準備終わってっから、晴人は誠たちの手伝い頼むわ」


「分かった。……で、誠は今どこにいんの?」


教室に誠の姿が無いことは、ここに来た時点で気づいていた。だから、てっきりまだ登校していないのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


そんなことを考えて輝彦に尋ねると、すぐに答えが返って来た。



「多分、昇降口出たところのアプローチにいるんじゃねぇかな。何でも女子バレー部が俺らと同じようにクレープ屋やってるらしいんだが、うちのクラスで使う生地が足りなくなったから少し分けてもらえないか、交渉に行ってもらってんだよ」


「なるほどな」


そう答えてもう一度教室内をよく見回すと、誠の他にも姿が見えないクラスメイトが何人かいることに気がついた。その中には、白月蒼子も含まれている。


そいつらも、誠と同じように女子バレー部との交渉に駆り出されているんだろうか。それとも、まだ登校していないだけなのか。



……白月は、どちらなのだろう。



そんな疑問がふと頭に浮かび、俺は思わず輝彦に尋ねる。



「……なぁ、輝彦」


「どした?」


「白月、見たか?」


「いや、俺は見てねぇけど……」


輝彦は俺の問いにそう答えると、周りにいたクラスメイトに向かって同じように質問を繰り出した。



「なぁ。この中で、誰か白月さんのこと見た奴いるか?」


すると、教室内にいる生徒が輝彦の言葉を聞いて、互いに顔を合わせ首を横に振る。



「誰も見てないみたいだな。……ってことは、まだ学校に来てないんじゃねぇか?」


「……あぁ、そうかもな」



白月は特別登校するのが早いというわけじゃ無い。どちらかといえば、むしろ遅い方だ。

だから、別に白月がまだ学校に来ていないことについて疑問を覚えることはない。



けれど、どういうわけか形容しがたい不安感が、ゆっくりと俺の心を包み込んでいくのがはっきりと感じられる。


廊下や窓の外から聞こえてくる賑やかな喧騒は、次第に耳障りな雑音に変わっていった。



そんな得体の知れない不安感を息と一緒に呑み込んで口を開く。



「それじゃあ、俺、誠たちの手伝い行ってくるわ」


「おう。頼んだ」


輝彦にそう告げた俺は教室を出ると、周りの喧騒を無視して、誠のいるアプローチへと足を向けた。


***


一般参加者入場まで、残り40分。


文化祭最終日の幕開けが刻々と近づいていた。

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