第134話
再び昇降口で靴を履き替え、いくつかの部の出店が並ぶアプローチへやって来ると、ちょうどその真ん中あたりで数人の男女が何やら会話しているところを目撃した。女子グループの方に見知った顔はいないが、男子グループの方には輝彦が言っていたとおり誠の姿があった。
俺はその集団に近づくと、誠に向かって声をかける。
「誠」
「あっ、晴人。おはよう」
「おう。……交渉は済んだのか?」
誠とその正面に立つ背の高い女子生徒に目を向けながら尋ねる。
「うん。少しくらいなら分けて貰えるってさ」
「そうか。なら、良かった」
もっとギスギスした話し合いが繰り広げられているとばかり思っていたが、交渉相手が心優しい人物であったことと、交渉人の人柄が良かったということもあって、難なく目的のものは手に入れられたようだ。
これなら、わざわざ俺が来る必要も無かったな。
そんなことを思いながら、俺たちは有難くもクレープの生地を分けてくれた女子バレー部員にきちんと礼を言い、そのまま教室へと戻った。
***
教室では順調に開店の準備が進み、あとは一般参加者の入場を待つだけとなっていた。
クラスメイトの中には部活の方の手伝いをするために教室を出て行く者もおり、2-2教室には最初のシフトに入っている者と、俺や輝彦たちのような暇を持て余した連中が残るだけとなっている。
厳密にいえば、俺も部の方に顔を出さなければいけないわけだが、あいにくまだ白月が学校に登校していないため、ミーティングも始められない。
それに対し多少の焦りを感じた俺は、制服のポケットからスマホを取り出し、白月にメッセージを送る。
『登校中か? あとどれくらいで着く?」
そうメッセージを送信してから3分が経過しても、返信が返って来るどころか既読すらつかない。
ひょっとして、登校中に何かトラブルでも起こったんじゃないだろうか。
……いや、そもそも白月は今日、本当に学校に来るのだろうか。
一般参加者の入場が刻々と近づくにつれて、その焦りや不安はどんどんと大きくなっていく。
——そんな時だった。
教室前方の扉が静かに開き、喧騒に満たされた廊下から、いつもと変わらぬ表情をした白月が教室に入って来た。
今までの心配が杞憂だったことにホッと安堵しながら、俺は白月の元へと駆け寄る。
「来ないんじゃねぇかと思って正直焦った」
「……おはよう。遅れてごめんなさいね」
そう言葉を返す白月からは、何も感じられなかった。
期待も、高揚も、不安も、恐怖も。
何も感じられない。
まるで、命を持たない氷の像とでも話している気分だった。
しかし、それはあまりにも不自然で、白月が意図して『無』を演じているというのはすぐに分かった。
だから、俺は尋ねる。
「……何か、あったのか?」
それはあまりにも抽象的な質問で、思わず尋ねた俺自身が首を傾げそうになった。
当然、白月も頭上に疑問符を浮かべる。
「『何か』って?」
「……いや」
そう逆に白月から尋ねられ、返す言葉に詰まっていると、教室に設置されてあるスピーカーからノイズが聴こえてきた。
それは廊下や他の教室でも同様なようで、それまで会話に夢中になっていた生徒たちも一斉にスピーカーに目を向けた。
『おはようございます。文化祭実行委員長の長谷川です。いよいよ文化祭2日目、最終日がやってきました。今日という日が、皆さんの中で良き思い出として永遠に残り続けるよう、全員で良い1日にしていきましょう。それではここに、文化祭2日目の開幕を宣言します』
そうしてスピーカーが切れると同時に、校内のあちこちで再び喧騒が沸き起こった。
俺たち2-2教室でも同様に大きな歓声が沸き起こり、最初のシフトメンバーで円陣が組まれ出した。
「今日もクレープ売りまくるぞォォォ!」
「「「おーー!!」」」
「打ち上げで美味いもん食いまくるぞォォォ!」
「「「おーー!!」」」
中心メンバーによる意気込みと、それに答える威勢のいい掛け声によって、教室内では温かな笑いが生まれた。
こんな良い雰囲気の中で、あの話について白月に尋ねるのは流石に抵抗がある。
俺は眩しい笑顔を振りまく彼らから目を逸らすように白月に目を向けると、小さく口を開いた。
「あとで話す」
「……そう。それじゃあまず、3-3教室に向かいましょうか」
「……そうだな」
そうして、俺は輝彦や誠に声をかけることもなく、白月の後について静かに教室を後にした。
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