第126話

まるで、少しずつ魂が抜けていくかのように指の先が冷たくなっていく。

身体中を巡る血液が、氷か何かになってしまったみたいだ。


肺が上手く機能していないのか、息が激しく乱れ、2つの瞳の焦点はなかなか定まらない。


そんな中で私は震える唇を小さく開き、彼に向かって問いかける。



「どうして、ここに……」


「どうして? わざわざ言わなきゃ分かんねェか?」


彼は嘲笑と侮蔑が入り混じったような目をこちらに向けながら、試すように訊き返す。


私はそんな彼の言葉に沈黙で返し、自分自身に言い聞かせるように脳内に言葉を並べる。



そうだ。

聞かなくても、考えれば分かることだった。


妹の自殺の原因を作った張本人が、幸せそうな顔をしながら文化祭を楽しんでいる。

まるで、過去のことなんかすっかり忘れて、この非日常に溶け込もうとしているかのように。



「ごめん……なさい……」


彼が求めているものとは違うと理解していながらも、中途半端に開いた私の口からはそんな謝罪の言葉がこぼれた。


謝って済むくらいなら、もうとっくにこの問題は解決しているはずなのだ。

そうではないから、今もこうして苦しめられている。彼も、私も。


それでも何かを言わなければ、私は罪の意識に殺されてしまう。

それが怖くて、辛くて、耐え難くて、私は逃げるように言葉を吐き出したのだ。


すると、それを聞いた彼は「冗談だ」とでも言うかのようにケラケラと笑いながら口を開いた。



「おいおい、勘違いすんなよ。俺は別にお前に謝って欲しくて来たわけじゃねェんだ」


「…………えっ」


思わず困惑の声が洩れる。

先ほどまで負の感情で真っ黒に染まっていたはずの彼の瞳には、慈愛とも呼べるような優しさが含まれていた。


わからない。

彼が今、何を考えてそんな目を向けているのか。

私には、何一つ理解できない。



彼はそんな私を見て、優しく言い聞かせるように呟く。



「俺はただ、お前に忠告をしに来てやっただけなんだ」


「……忠告」


言葉を覚えたばかりの赤子のように、彼の言葉を復唱する。



「あぁ、忠告だ」


そう言って彼は、コツコツと靴音を教室内に響かせるようにして、中央に設置されたプラネタリウムへと近づく。


私はそんな彼の姿をゆっくりと目で追い、言葉の続きを静かに待つ。

扉の向こうから聴こえる喧騒が、妙な焦りと不安を生み出す。


そうして3秒が経過し、5秒が経過し、10秒が経過したところで、彼は再び口を開いた。



「……お前、もう他人に関わるな」

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