第91話

おにぎりを作り終えた後は食堂の戸棚で見つけたインスタントの味噌汁を人数分作り、部屋で寝ている葉原を起こしてから食堂で朝食を摂った。


寝起きで目が開き切っていなかった葉原も朝食を食べ終えた頃には、いつも通りのハイテンションでオリジナルラジオ体操なるものに興じていた。


そうして時計の針が8時を回ったところで、俺たちは合宿所を出て、本校舎にある天文部部室へと移動を開始した。


まだ午前中ということもあって、それほど暑さは感じない。ふと空を見上げると、目にしみるような澄んだ青と綿菓子を想起させる白い雲が1日の始まりを教えてくれているような気がした。


グラウンドの方からはジィジィと鳴く蝉の声に混じって、ランニングをする野球部の掛け声が聞こえ、窓の開いた校舎の方からは吹奏楽部員の甲高いトランペットの音が聞こえてくる。


盆休み中でも活動している部が天文部以外にもあることに少し驚いた。きっとそれだけ、大会やコンクールに掛ける想いが強いのだろう。

そんなことを考えながら、俺たちは正門から続くアプローチを通って昇降口へと入った。



校舎内は昨日と同じく閑散としていて、たまに空き教室を使って練習をする吹奏楽部員とすれ違う程度だ。そんな中、俺たちはまず職員室へ赴き、顧問の柴田先生に挨拶を済ませると、部室の鍵を受け取って西棟3階の天文部部室へと向かった。


階段を上り、廊下を渡って部室の前まで来ると、白月はドアノブに鍵を差し込んで扉を開ける。そして中へ入ると、真っ先に部屋の奥の窓を開け放った。俺と葉原は外から入ってくる涼風を肌で感じながら、それぞれテーブル席につく。白月も窓を開けたのち、同じように席についてゆっくりと話を切り出した。



「さて、今日は合宿2日目。日中は昨日と同じくプラネタリウム作成。夜からはペルセウス座流星群の観測を行います。昼頃から夕方にかけて雨が降るようだけれど、夜には止むようだから心配しなくても大丈夫よ。ここまでで何か質問はあるかしら?」


そう言う白月の問いかけに対し、隣に座る葉原が手を上げた。



「はい!」


「葉原さん、どうぞ」


白月に促されて、葉原が席を立つ。それから俺と白月の表情を確認するかのように、ゆっくりと言葉を発した。



「あのさ、天体観測が終わった後でいいんだけど……みんなで花火しない?」


「花火か……」


葉原の口から出た言葉を復唱する。



「うん。せっかくの合宿なんだから、もっとこう……夏っぽいことしたいしさ。青春の1ページっていうのかな? ……とにかく、この3人でもっともっと思い出を作りたいんだよ!」


そう強く訴える葉原の表情は、いつにも増して真剣に見えた。その表情だけで、彼女がどれだけこの時間を大切にしようとしているのかが、ひしひしと伝わってくる。


すると、それまで葉原の主張に対し、静かに耳を傾けていた白月が口を開いた。



「……分かったわ。それじゃあ、あとで近くのコンビニに買いに行きましょうか」


「ほんと!? 蒼子ちゃんありがとー!!」


「皇くんもそれでいいかしら?」


そう言ってこちらに顔を向けてくる白月と葉原に対し、俺は小さく微笑みを返して答える。



「あぁ、拒否する理由もないしな。俺もあとで買い物付き合うことにする」


「当たり前でしょ。荷物運びはあなたの天職なのだから、誰もその仕事を奪ったりしないわよ。だから安心して思う存分働きなさい」


「なんか名誉なことみたいに言ってるけど、それただのパシリだからな」


隙あらば人を駒のように扱おうとする白月に抗議の目を向けて言葉を返すと、「無駄話はここまで」とでも言うかのように、話を切り替えて締めに入った。



「そういうわけだから、合宿2日目も頑張っていきましょう。休憩は各自で取ってもらって構わないから。……あぁ、それと水分補給はしっかりとね。熱中症で花火が出来なくなってしまったんじゃ、せっかくの思い出も台無しだものね。……それじゃあ、早速作業開始しましょうか」


俺と葉原はそれに対して首を縦に振ると、段ボール箱から黒いボール紙を取り出して、昨日の続きに取り掛かる。


***


こうして、晴れ渡った夏空と外から聞こえてくる沢山の音たちを迎えて、俺たち天文部の夏合宿2日目が始まった。

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