第67話

そうして俺がパイプ椅子に座るのを確認すると、白月は早速夏休み中の活動についての話を始めた。



「早速だけど、先日話した天体観測合宿の日程が決まったから報告しておくわね。合宿は8月12日から14日にかけて2泊3日で行うことに決定したわ。もう学校には合宿申請してあるから、そこは心配してもらわなくても結構よ。その他で何か質問はある?」


淡々と重要事項だけを述べる白月の問いかけに対し、俺は尋ねる。



「なぁ」


「何?」


「合宿を行う日を、その日に指定した理由は何かあるのか?」


8月の12日から14日というと、お盆参りと少し日付が被る。そんな世間一般的に忙しいとされる時期にわざわざ合宿を行う理由は一体何なのか、疑問に思い尋ねてみた。


すると白月は、口元に薄っすらと笑みを浮かべ、隣に座る葉原に向かって俺が白月に尋ねた質問の答えを促した。



「葉原さん。天体に詳しいあなたなら、その理由が分かるんじゃない?」


突然話の矛先を向けられた葉原は、一瞬驚いて戸惑いの表情を浮かべると、少し考える素振りを見せてから閃いたように口を開いた。



「もしかして……ペルセウス座流星群?」


葉原が口にしたその言葉を聞いて、白月はにこやかな笑みを浮かべると、「その通り」とでも言うかのようにこくりと頷いてみせた。



「……ペルセウス座流星群」


名前だけならニュースや理科の授業で何度か耳にしたことがある。確か、毎年8月に観測することができる流星群で、1月のしぶんぎ座流星群、12月のふたご座流星群と並んで年間三大流星群の1つとして数えられている流星群だったはずだ。知識として名前は知っているが、実際どういうものなのかこの目で見たことがなかったため、詳しい観測時期までは記憶していなかった。



「つまり、そのペルセウス座流星群を観測するためにその日程で合宿を行うってことか」


「えぇ。ただ星を観測するだけならいつでもできるけれど、流星群を観測することができるのは1年でも限られた日数しかないから」


確かに白月の言う通り、流星群なんて滅多に見られるものでもない。どうせ天体観測をするなら、珍しい現象も観測できた方が得だ。


と、そんなことを考えていると、白月の隣で話を聞いていた葉原が何かに気づいたように声を上げた。



「あっ」


「……どうした?」


そう尋ねると、葉原は隣に座る白月に目を向けながら疑問を口にする。



「えっと、蒼子ちゃんに1つ大事なこと確認するの忘れてたなーっと思って……」


「大事なこと?」


「うん。……その日って、夜晴れるの?」


「…………なるほど」


確かにそれは大事なことだ。

いくら流星群の接近日が分かっていると言っても、それが観測できなければ意味がない。もし当日に雲がかかっていたりすれば、せっかく立てた計画も水の泡だ。天体観測をする上で、天候の良し悪しは切っても切れない関係にある。


いいことに気がついたなと、葉原に感心しつつ白月の方に目を向けると、白月は特に動揺する様子もなく、いつも通りの落ち着いた声音で葉原の質問に答えた。



「もちろん天候も確認済みだから安心して。合宿中はずっと晴れるみたいよ」


まぁ、こいつのことだから「うっかりしていた」なんてことにはならないだろうとは思っていたが、これで一先ず天体観測は無事に行うことが出来そうだ。


しかし、それ以外にもずっと疑問に思っていたことが1つある。



「夜に天体観測をするってのは分かった。……それじゃあ、昼間は何をするんだ? 夜だけの活動なら2日間も学校に寝泊まりする必要は無いよな?」


そう尋ねると、白月は「いい質問ね」と笑みを浮かべて俺の疑問に答えた。



「昼は文化祭に向けて、プラネタリウム制作に時間を当てようと考えているわ」


「プラネタリウム制作? それ、2日3日で出来るもんなのか?」


「えぇ。プラネタリウムは皇くんが思っているよりも簡単に作れるものなのよ。3人もいれば、きっと合宿中に完成するわ。……まぁ、もし完成しなくても、文化祭の準備期間中で十分間に合うでしょうし、あまり深く悩まなくても大丈夫よ」


そう言って白月がプラネタリウム制作の概要について話し終えると、横で話聞いていた葉原が頬を緩めてポツリと呟いた。



「プラネタリウムかぁ〜……。なんか『これぞ天文部!』って感じがしていいね!」


「『3人もいれば』とは言ったけれど、星座の知識もろくにない皇くんは使い物にならないでしょうから、実質私と葉原さん2人での作業となるわ。……そういうわけだから葉原さん、よろしくね」


「りょーかいです!」


簡単に作れると言っておきながら、やる前から要らない子扱いは流石にどうかと思う。合宿が始まるまでに、星座に関する知識を増やしておけば、俺だってきっと役に立つ。そんなことを思って反論を口にしようとしたが、葉原の元気のいい返事で言うタイミングを逃してしまった。


まぁ何はともあれ、大体の疑問はこれで解消された。細かいことはグループチャットで追って説明されるだろう。



「ほかに質問はある? 無いのなら、今日はこれで解散ね」


白月の司会進行により、夏休み前最後の活動が終了した。これで正真正銘、夏休みがスタートできる。


俺はギシギシと音が響くパイプ椅子の背に体を預けてグッと腕を伸ばすと、夏の陽光が射し込む窓際に目を向けた。


すると白月の隣に座る葉原は、そんな夏の陽光にも負けないほど、その大きな瞳をキラキラと輝かせて笑みを浮かべてみせた。



「高校に入って初めての夏休み。初めての合宿……。今年の夏はなんかすごく楽しくなりそう!」


「課題は溜め込まずにやっておけよ」


お節介と自覚しつつも、そんな葉原に注意を促す。



「もちろん分かってるよぉ。……それより、蒼子ちゃん! 合宿前に一緒に買い物行こうね! 色々と買い揃えないといけないものもあるし」


葉原から誘いを受けた白月は、一瞬不意をつかれたように目を開くと、すぐにいつものフラットな表情に戻ってそれに答えた。



「えぇ、そうね。予定を空けておくわ」


白月の家庭は、俺たちのようなごく一般の家庭とは少し異なる。ゴールデンウィークの最終日に、俺はこの目でその異質さを目の当たりにしている。


白月は休日になると、ほとんど自主的な外出が出来なくなると言っていた。それは、白月の持つ才能の数だけある練習や稽古を行うためだそうだ。ゴールデンウィーク後に、父親に直談判して、多少は自由な時間を得ることが出来るようになったとは言っていたが、葉原と買い物に行くことや、学校に泊まり込んでの活動を、白月の父親は果たして許可してくれるのだろうか……。


そんな一抹の不安を覚えながらも、俺の心の大半はいよいよ明日から始まる夏休みと、初めての行う部活動合宿に向けての期待感に支配されていた。


そうして俺は、夏休み中の予定を白月に向かって話す葉原の楽しげな声に耳を傾けながら、再び窓の方に視線を向ける。



窓硝子の向こうには、夏の蒼い空がどこまでも遠く広がり、確かな存在感を放つ白い入道雲がとても近くに見える。その窓に映る景色は、キャンバスに描かれた美しい絵画のようにも見て取れた。



俺はそんな景色を眺めながら、ふと考える。



ゴールデンウィークから今日までの約2ヶ月間で、6年間変わることの無かった考えに少しばかりの変化が現れた。それはきっと俺だけではなく、白月や葉原にも同じように言えることだろう。

もしかすると、この夏休み期間中で何かさらに大きな変化を得られるかもしれない。


そんな漠然とした予感を抱く中、こうして俺たちの夏がようやく始まりを迎えたことにホッと安堵し、笑みを浮かべながら楽しげに話す白月と葉原を見て、自分の頬が確かに緩んでいくのを密かに感じ取ったのだった。

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