第58話

時は戻って、現在。


新入部員が訪ねて来ると知った白月は、それはもう面白いくらいに慌てだした。



「ちょ、ちょっと待って。……ひょっとして、もう新入部員の勧誘は済んでいるの?」


「あぁ」


「『あぁ』って……。私、何も聞いてないんだけど」


「まぁ、言ってないからな」


葉原には「挨拶に行くから伝えておいてくれ」と頼まれたが、お互い誰だかわからない相手に緊張しているというシチュエーションは、側から見ていてかなり面白いものだ。


だから、敢えて白月には何も伝えなかった。

決して伝えるのを忘れていたとかそういうことではない。寧ろこの方が、サプライズ感があっていい感じもする。


そんなことを考えていると、白月は呆れたとでも言うかのように肩を落とし、長々とため息を吐いてから、若干腹を立てた様子で口を開いた。



「そういう大事なことはしっかり報告してもらわないと困るのだけれど……。第一、相手の素性もよく分かっていないのに、突然『相手をしろ』って言われても、一体何を話せばいいのか……」


「それについては多分問題ないと思うぞ」


「はぁ? それってどういう——」


白月が言葉を言いかけたちょうどその時。コンコンと部室の扉が外側から二度ノックされた。



「あっ、えっ……」


「おー、入っていいぞ」


明らかな動揺を見せる白月を無視して、俺は扉の向こう側にいる相手に向かってそう呼びかける。すると、呼びかけに応えるように部室の扉がゆっくりと開き出し、扉の向こうから1人の少女が忍び足で室内に入ってきた。



「お、お邪魔しまぁ〜す……」


その少女——、葉原夕はまるで小動物のように扉の陰から頭だけを出してこちらを確認すると、消え入りそうな声でそう挨拶をする。



「別に取って食ったりしねぇから、隠れてないでこっち来いよ」


「う、うん……」


そう言って葉原を呼び寄せると、葉原は視線を床に落としたまま俺の隣まで移動してくる。


すると、それまで口を閉ざしていて白月が、ふと何かに気がついたように尋ねて来た。



「あの、皇くん。その子、ひょっとして……」


「あぁ。お前もよく知ってる “俺たち” の可愛い後輩だよ」


俺がそう言うと同時に、照れ臭そうに顔を真っ赤に染めた葉原がようやく顔を上げ、窓際に立つ白月と目を合わせると、葉原はただでさえ大きな目をさらに見開いてみせた。



「えっ!? 待って待って! ……唯一の天文部員さんって、蒼子ちゃんのことだったの!? 晴人くん、何も教えてくれないからすごく緊張しちゃったじゃん!」


葉原は驚きの声を上げると同時に、からかわれたことに対する不満を口にする。


それに対して、元『唯一の天文部員』こと白月は、いまいち現状に頭が追いついていないといった様子で困惑の表情を浮かべている。



「葉原さん……なんというか、見ない間に随分と変わり映えしたわね。正直、あなたであるという確証が持てなかったわ……」


「えぇーっ!? 蒼子ちゃんも!? そんなに面影ないのかなぁ……私」


「一言も発さずにいられたら、きっと誰もあなただとは気づかないわよ」


「そんなに? ……でも、それだけ高校デビューが上手くいったってことだし、ここは喜んでおこうかな!」


「相変わらずポジティブなのね、葉原さんは。そこにいるネガティブ男にも見習ってほしいわ」



こうして2人が面と向かって会話するのは約1年振りのはずなのだが、今の2人からはそんな空白の時間を全く感じさせないほどの暖かな雰囲気が感じられる。


……やっぱり、葉原を部に勧誘して正解だったな。


そんなことを思いながら、俺は白月に向かって口を開く。



「まぁそういうわけで、お前との約束の “半分” はこれでやり遂げたってことでいいよな」


「半分……? 私が皇くんにお願いした約束は、葉原さんが入部したことでもうしっかり果たされてると思うのだけれど……」


白月は俺が発した言葉に違和感を覚えたのか、小首を傾げながら疑問を口にする。



確かに白月の言う通り、俺と白月が交わした “表面上”の約束は葉原が入部することで果たされた。


けれど、白月が本当に叶えて欲しい願いというのは『部員が欲しい』という言葉の裏に隠されている。だから、葉原を入部させただけでは本当の意味で「約束を果たした」とは言えない。



俺はそんな疑問を口にする白月と、一体何の話をしているのか検討も付いていない様子の葉原を見比べながら、白月の言葉の裏に隠された残り半分の約束を果たすために口を開く。



「なぁ、白月。俺は『新入部員が1人だけ』とは言ってないよな?」



その一言で全てを察したのか、白月は一瞬だけ端正な顔に驚愕の表情を浮かべると、すぐに普段の落ち着きを取り戻し嘆息した。

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