第36話

そうして、5月も半ばに入った日の放課後。


いつも通り、同じクラスに在籍する天童輝彦と霞ヶ原誠の2人と共に教室を後にしようとした時のこと。


タイミングを見計らったようにあいつが声をかけてきた。



「ちょっと、皇くん」


「……なんだよ。今から帰るところだから、話ならまた明日にしてくれ。それじゃ」


そう言って白月の横を通り抜け、なんとか上手い具合に切り抜けることが出来た、などと思っていると、演劇の才能があるとは思えないほどのわざとらしい口調で白月が俺を呼び止めた。



「あらあら、私との約束を無視して勝手に帰ろうなんていい度胸じゃない」


「は?」



……約束?そんなものした覚えはないんだが。



「ちょっと待て。約束ってなん——」


「白月さん、晴人に何か用があったのか!? そうとは知らずごめんな! 晴人も白月さんと約束があるなら、あるって言えばいいのによ〜」


俺が白月に言っている言葉の意味を尋ねるよりも早く、輝彦が口を挟む。そして、それに続くようにして誠も口を開いた。


「人との約束はしっかり守らないとダメだよ晴人。それじゃあ僕たち先帰るから。またね、晴人」


「おい、ちょっと——!」


2人は余計な正義感を持ち出して言葉を並べるだけ並べると、俺が言葉を発する前に教室から廊下へ出て、昇降口へと向かっていった。


白月は、俺には絶対に見せないような人懐っこい笑顔を向けながら、2人が教室を出るまで終始手をひらひらと降り続けると、一瞬で素の表情に戻ってこちらを振り向いた。



「さて、それじゃあ話の続きといきましょうか」


「続きも何も、まだ始まってすらいないんだが。ってか、約束ってなんだ? そんなものを交わした覚えはない」


「とりあえず部室に行くわよ。付いて来なさい」


「無視かよ……」



色々と言ってやりたいことはあったが、何を言ったところでこいつはこちらの話にこれっぽっちも耳を傾けることはないと知っているため、俺は口を閉ざしながら渋々白月の後ろに付いて、先日初めてその存在を知った天文部の部室へとやってきた。

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