前哨戦。3
「こ、ここなのか……?」
メモの住所を頼りに、バスに揺られること数十分。
人気はない、周りに建物はない。あるのは目の前に広がる林だけ。
どうやら完全に迷った。いいや、アイツにハメられたのかもしれない。そうに違いない。
「参ったな……」
時刻表を見ると、次にバスが来るのは二時間後。どんな辺境だよ。
カバンの中には財布と筆箱と、予めコピーしておいた自作の小説が入っているだけ。
これだけでは流石に……
「さ、寒いっ……」
身を凍えさせる寒さには耐えられまい。
もう11月も半ば、それも放課後の午後6時だ。そろそろ時期的に上着を着た方が良いかもな…
当てもなく歩き続けるのは危険だと思うが、この際そんなことも言ってられない。
「行くか……」
憂鬱な気分に足取りが重くなる。それでも一歩前へ。
「……おい、お前どこに行く気だよ」
「どわぁっ!?」
一歩目で声を掛けられた。ソイツは驚きのあまり躓きそうになった俺を慌てて支えてくれた。
ソイツはそう、言うまでもなく……
「一姫、居るなら居るって言えよっ!」
慌てて飛び退く。コイツは不機嫌そうに眉をひそめる。
「うるさい。こっちは掃除やら何やらで暇じゃないんだぞ? 家主に友達が泊まるって説得しなきゃならなかったし……」
待った。何か聞き捨てならない単語があった気がしたんだが。
「俺が、泊まる……?」
「うん」
「お前の家に?」
「そうだ。……正確に言えば、私が居候させて貰ってる家にだが」
「どういう風の吹き回しだよ……」
俺は頭を押さえて蹲った。ちょっとキャパを超えてる。俺では処理し切れない。
「つまりなんだ? 彼女いない歴=年齢の俺が、付き合ってもいない女の家にお泊りするってのか? 段階すっ飛ばし過ぎだろぉ!」
「お前、いちいち突っ込まないと死ぬ病気にでも罹ってるのか?」
「察してくれよ……。気が動転してんの……」
因縁浅からぬコイツと一つ屋根の下?
週末明け、俺は無事でいられるだろうか……。
「おい、今ものすごく失礼なこと考えてただろ」
アイツは怪訝な顔をしていた。なんで分かるんだコイツ。
「……生きて帰れますように」
信じてもいない神様に祈ってしまうくらいに、俺はこの状況に危機を感じていた。
色鮮やかなバラが彩る庭園を抜け、美麗な装飾のドアを潜ると、中央の階段から一人の女性が降りてきた。メイドさんだ。
「お待ちしておりました。ようこそ、瀬川邸へ」
白いフリルのカチューシャで纏められた金髪と、濃紺のワンピース、ところどころにあしらわれている白いレースも、均整のとれた顔立ちの引き立て役にしかならない。
ゆっくりとした所作は隙がなく、気品がある……かどうかは、知識の乏しい俺には分からない。
「……お初お目にかかります。私、シルヴィアと申します。お好きなようにお呼びくださいませ」
「え、あ、ぁ……」
予想外のことに思考が停止しかける。
こんな美人が出てくるとは思わなかった。
「……お前、霞むなぁ」
思わずアイツと比較しての言葉が口から出た。
アイツは不服そうに口を尖らせて、俺に毒づく。
「……お前、私を女だと思ってないだろ」
「いや、決してそういうわけじゃなくてさ……」
学園祭のミスコンで飛び入り参加したらぶっちぎりで優勝を狙える。
彼女の美貌はそれを可能に、いや、確実にするほどの魅力がある。
「……あとで徹底的に問い詰めるとして、だ。シルヴィア、こいつの部屋は?」
「そうですね。非常に申し上げにくいのですが……」
「どうかしたの?」
「お二人の宿泊する部屋が隣同士で並んでいるのです。……具体的に申し上げるなら壁一枚隔てた状態ですね」
「あー……」
それはそれは。
なんか嫌な予感がしてきたぞ……。
「何が問題なんだ? 別に大丈夫じゃないのか?」
アイツは不安な俺やシルヴィアさんとは逆に、一切気にしていない様子だった。
俺たちの考えに気づいていないとも取れるが。
「いえ、流石に男女二人を壁一枚隔てた部屋で寝泊まりさせるのは気が引けるといいますか……」
「ああ、そんなことか。……シルヴィア、あとで私の部屋に緊急用装備一式を持ってきてくれ」
コイツは呻くように怖い事を言った。
「分かりました」
シルヴィアさんも目を閉じて安堵していた。
緊急用装備一式ってなんだよ……。
俺は背筋が寒くなるような思いをした。
「荷物は置いたか? じゃあこっちだ」
部屋のベッドに荷物を置くと、隣のアイツの部屋に案内される。
「し、失礼します……」
変に緊張してガチガチになっている俺を見て、アイツはおかしそうに笑っていた。
「……ただの部屋なんだぞ? 何もそこまで緊張することないだろ」
「クソ童貞にそれは無理だ。頭の熱で茶を沸かせるんだぞ、男ってのは」
「……それは、本当なのか?」
うん?
嘘って一発で分かるようなことに食いついて来たので、言った自分が困惑していた。
まぁ、面白いからもう少し遊んでみよう。
と、思ったのだが。
「……そんなのあるわけないだろ。調子に乗ってるとお前のアゴを砕いて離乳食生活を送らせてやるぞ?」
笑顔が不気味だ。
目の奥には如何にもアヤシゲな光が灯っていて、思わず身震いしてしまった。
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