14、母の部屋で眠るのが好きだった


 中学生の時まで、私は妹と相部屋で生活していました。二段ベッドが中央に置かれた八畳の部屋は、学習机も二つ置かれていたおかげで、随分と手狭でした。私が二段ベッドの上段、妹が下段を使っていました。北にあったせいで寒い部屋だったけれど、リビングから遠かったおかげで、父の独り言や生活音があまり聞こえてこないことや、父と顔を合わせずトイレに行くことができるのは、今思えば大きな利点でした。

 母の部屋はリビングと隣接したところにありました。トイレに行くにもキッチンに顔を出すにもリビングを通らねばならず、リビングで人の動く気配や喋る声は筒抜けになるような場所でした。六畳の部屋には机とベッドとドレッサー、それからいくつかの本棚。母の部屋にあるベッドは、子供部屋にあった二段ベッドよりもふかふかで、とても寝心地がよかった記憶があります。


 中学生のある時期、母がいなくなってから、私は時たま母の部屋に入り浸るようになりました。母の荷物は出ていった時のまま残っていました。陽が差し込む窓にもたれながらぼーっとしてみたり、ベッドにごろんと横になったり、母の部屋にある本を漁ったりしました。私の趣向は読書家の母の影響を強く受けていたので、母の部屋の本棚はまるで宝の山でした。

 そのうち、妹と喧嘩をした時や、気分が塞いだ時、体調がすぐれない時など、私は何かと理由をつけては母の部屋で寝るようになりました。自分以外の寝具で眠る高揚感のせいか、それとも母の面影を少しでも感じていたせいなのか、母の部屋のベッドでは不思議とよく眠れました。


 高校生のある日、大掃除と称して、母の部屋にあった私物のほとんどが処理されました。服や雑貨の類の他にも、レシピをこまめに書き込んでいたノートや、母が持って行ったと思っていた本などが山ほど出てきました。本だけはどうにか死守しました。父は母のことなど思い出したくもないと言い、乱暴に私物を詰め込んでは、ゴミ袋をいくつも満杯にしていました。

「そんなに気に入ってるなら、あの部屋お前に使わせてやるよ」

 父が何の気なしといった様子で言いました。何か誤解を招いていると思ったけれど、そのままの流れで、私の部屋はもともと母がいた部屋へと移ることになりました。

 私があの部屋を気に入っていたのは、空っぽになってしまったあの空間だけ、時間が止まっているような感じがしたからだ。

 そんな違和感を抱きつつも、口に出すことはできませんでした。

 それでも最初は満足していました。自分ひとりの空間ができることも、日当たりのいい部屋に移れることも、それなりに喜ばしいことでした。持ち主がいないまま部屋を腐らせてしまうよりはいいことだと思いました。妹も、八畳全てが自分のものになったことで、どこか満足げでした。

 しかしながら、私のものになったあの部屋こそが、私のストレスを肥大させる最大の原因になったのでした。

  

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