第13話 RHINOCEROS(ライナセロス)〜江川ほーじん

 この「江川ほーじん」というベーシストは僕の中では切っても切れないミュージシャンで、僕がベースを始めたではなく、なんだかわからないままベースを始めると決めて、出会ってしまった人なんです。


 は?と思う方に、ちゃんと説明します。


 僕が始めてベースに触ったのは小学校6年生くらい。僕の家は3分の1の敷地に残した古い家を1階が車庫、2階が倉庫として使っていました。その後、2階の倉庫が僕らの「スタジオ」と呼ばれる練習場になるのです。

 倉庫には、家の要らない物が無造作に突っ込まれていて、僕が小さい頃は「危ないから入っちゃダメ」と言われていて、小学高学年になると入ることを許され、そこには爺ちゃんの戦争に行った時の軍服やヘルメット、古い箪笥やらでいっぱいで、その中に山積みになったギター。親父も若い頃バンドをやってたので、ギターがいっぱい、多分10本以上はあったと思います。親父は今でも使ってるフェンダーのストラトと粗大ゴミから拾ってきたアコースティックギターは、住んでいる方の部屋に置いてありましたが、それ以外のギターは、その倉庫に放ってあったのです。

 弦が錆びついていたものをケースにしまわれないまま、無造作に積み重ねられ、なんとなく手にした1本が弦の数が少なく、それが1本だけ紛れていたベースでした。


 もうボディの塗装がボロボロと剥がれ、元々は赤っぽい茶色だったようで、その汚いベースを倉庫から持ち出すと、親父に見つかり、「なんだ。ベースやりてえのか?」と言い、ボロボロのボディの塗装をバリバリ剥がし、数日後ホームセンターへ行き、紙ヤスリとスプレー缶を買い、ベースのネックを外して綺麗に塗装し直すことになりました。


 僕は小さい頃、野球もサッカーもダメで町内の少年チームに入ってもすぐ行かなくなり、親父は僕を野球選手にしたかったらしく、運動が無理とわかっても、なにか自分の好きなことをやらせたかったんでしょうか。ギターも教えられましたが、あまり見向きもしなかったのに、なぜかベースに興味津々な僕に、興味があるうちにやらせようとしたのでしょう。


 好きな色を選べ、と何種類もあるスプレー缶の前で、なぜか僕が取った色は「メタリックピンク」。1番派手な色を選んでみました。そして何回も塗り直し、ニスを塗り、出来上がったメタリックピンクベース!


 さあ、ベースは用意できたのですが、さてベースってなに?親父が8分音符でひたすらブンブンやれ、と指示し、自分はご機嫌にギターを弾き、セッション的なことをやらされ、「なんだこれ、超つまんねえな」と思い、親父に教わるのも嫌で、本屋で初心者用の教則本を買ってきたんですが、今みたいにそんなに種類がなく、それも練習がブンブンやるだけで、本の後ろの方にはコードスケールが載っているだけの、物凄くつまらない練習方法。


 ベースって楽器は分かったけど、どの音がベースの音かわからないし、テレビの歌番組でで見ててもギターほど目立った感じがないので、なにやってるか全く分からず。


 今考えると、自分でもなぜベースを選んだのか分からず、普通カッコいいミュージシャンを見て、あの楽器弾けるようになりたい!と始めるのだろうけど、僕の場合、なぜかベースをやることに決めたけど、なにをしていいのか分からず時だけが過ぎて中学生。親父から「練習してるか?」と聞かれるたび、なんかもう面倒になってきていました。

 小さい頃から、旅行やドライブって言えば車で聴くのは必ず「矢沢永吉」。小学1〜2年生の頃なんかは「ウルトラマン主題歌全集」のカセットテープをかけてもらいたいのに、かけるのは「ルイジアナ」。


「いいか、矢沢がキャロルの時に弾いてたのが、ベースだ」


 と親父に言われても、なにを練習したらいいかも分からず、まだ当時ビデオテープでしたが、教則ビデオという存在を知り、楽器屋へ行っても教則ビデオの種類も、店に置いてあるのはギターはいっぱいあるけどベースは3種類しかなく、箱にベースの絵が描いてあるのと、知らない外国人のと、もう1つが「江川ほーじんのファンクベース」というのでした。


 そしてたまたま選んだのが、「江川ほーじんのファンクベース」。


 早速、家に帰ってビデオを見ると、衝撃が!

 冒頭、いきなり江川ほーじんのベースソロから始まるのですが、ピコピコ、バチバチ、凄いことしてるんです。

 後で知ることになりますが、その奏法はスラップ奏法、「チョッパー」と呼ばれるファンク系の曲で「パイ!」「ブン、ベ!」って鳴る、アレです。



 なんだコレ、父さんが教えてくれたのと全然違うじゃん!本当のベースの弾き方は、こうやって弾くのか!



 と、やや勘違いの方に進み、ビデオを見続けていると、江川ほーじんが喋り出します。

 この教則ビデオは、江川ほーじんがいるレコーディングスタジオに、宅配ピザが届けられる、その宅配員がベースを教えてほしい、という設定らしく、カメラに向かって話しかけられるのですが、要はその教えてもらう宅配員がビデオを見ている人、つまり僕なのです。


 まずは、江川ほーじんが、(スラップ)ベースの基本を教えてくれるわけです。

「いいか、今日から君は右手の親指をピックだと思え!親指の爪にと書け!書いたかい?」と言われ、ひたすら4弦を親指のみでアップダウンさせられるわけです。「親指の骨が出てくる寸前までやれ!血が出てもやれ」と、こうくるわけです。

 その時僕の膝の上にはメタリックピンクベース。親指が痛いけど、ブルブルやるわけです。


 これじゃあ、親父が教えてきた、ひたすらブンブンやるつまらない練習方法だと思うじゃないですか。でも、親指でやると、音が「バインバイン」いって、なんか同じことしてるのに、なんか楽しいし、うまいことできてる感じもするんです。


 そしてちょっと簡単なフレーズから、オクターブ上げて、親指と人差し指で交互に弾くやつ。低い「ド」は親指、1オクターブ高い「ド」は人差し指を引っ掛けて、「パイ!」。



 おお!


 これを連続して「ブン、べ!ブン、べ!」


 面白え!


 ビデオを見続け、ちょっとずつ難しいフレーズが出てきて、ちょいちょい江川ほーじんが笑わせてくるのです。


「これ以上は教えられないなあ、お前らに教えてしまったら、俺が飯を食えなくなってしまう!」


 そんなことを言いつつも、ちょっと練習すれば簡単にできて、しかも他人から見ると凄いことやってるように見える、とっておきのフレーズとか教えてくれるのです。


 どんどん難しくなるので、その日は最初の方しかできなかったのですが、この江川ほーじん師匠の教え方がうまいのか、ちょっと間に上達した感じがして、そこから無茶になってしまったんですね。

 雑誌で「江川ほーじん」の情報を収集しようとするけど、普通の音楽誌には載ってなくて、「ベースマガジン」という今でも発売していますが、ベースミュージシャンをピックアップした雑誌。そこで江川ほーじんという人は、元爆風スランプで、ライナセロスというバンドにいる人、ということで早速ライナセロスのCDを買いに行くのです。

 ファーストアルバム『SAVE THE RHINO』

 これを聴いたら、「江川ほーじんのファンクベース」て教えてくれたフレーズが随所に出てくるのです。もう弾ける気分(弾ける気分です。実際は弾けません)


 このライナセロスというバンド。江川ほーじんさんが爆風スランプを脱退後、ボーカルは44マグナムの梅原達也、ギターはアクションの山根基嗣、ドラムはTOPSの堀尾哲治、と凄腕ミュージシャンを集めたバンド(中学生の時は全部知らず、ギターの山根さんはB'zの松本さんだと思ってました。全然似てないのに)

 低音のボーカルが好きだった僕には、この梅原さんのハスキーハイトーンボイスも衝撃でした。


 そしてベースの弾き方はスラップ奏法のみ、という間違った知識で、音楽の知識が浅いまま、バンドを組もうとメンバーを探すことになるのです。が、周りと聴いてる音楽が違いすぎて、なかなかバンドが組めないのでした。


 そのあと、ちゃんと指弾きも、ピック弾きも、親指のみのも知り、練習しました。

 スラップから入ってしまったためか、ピック弾きが全然下手くそで苦労しました。


 でも、この江川ほーじんに出会ってなかったら、ベースを弾くことも、楽器や音楽にのめり込むこともなかったと思います。


 ライナセロスのファーストアルバム『SAVE THE RHINO』セカンドアルバム『FUNK ON THE RAILROAD』はおススメ!歌詞が時代を感じさせる部分もありますが、テクニック抜群で、今でも幼かったこそばゆい思い出が蘇りますが聴いてます。サードアルバムからはボーカルが女性に変わってしまいます。


 ボーカルの梅原さんは現在若年性パーキンソン病を患い、闘病中ながら44マグナムで活動中というカッコよさ!


 思い入れ深いミュージシャンで、今回長くなってしまいましたが、長くなったついでに江川ほーじんが爆風スランプを脱退した逸話を乗せて終わりたいと思います。


 爆風スランプが人気絶頂期、その後の活動方針でプロデューサーと他の3人と、江川ほーじんは対立して脱退することになってしまったそうです。ボーカルのサンプラザ中野は、長年苦楽を共にした江川ほーじんにエールを送るために書いた歌詞が、あの名曲「runner」だそうです。


すみません。長くなりました。

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