三十四羽 大切に咲かせたい
いくらか落ち着いてくれたようだ。おつかれーしょんは、効果万能だな。真血流堕さんには特効薬かも知れない。
俺の厳しい指摘を受けてから、真血流堕さんの瞳は、ゆっくりと全てのうさぎさん達をうつしこんだ。
「学校の飼いうさぎさんだったなんて……」
「ユウキくんなんて、先割れスプーンを知っていたしな」
「それだけでは、言いきれないですよ」
ごもっともな話だ。いきなり、中核を話したのは、失敗だった。真血流堕さんが、動揺している。もっと、ソフトに行かないと。
「家庭科で習ったと、真血流堕さんに残念ワンピースをくれたよな」
「残念ではありませんが、手作りなのは分かりました。サメ柄スーツとは、結構違いがありましたので。そう、小学生の家庭科作品のようでした」
そうだよな。家庭科を習った小学生と戯れてから、パラダイスに辿り着いたのかも知れない。少なくとも、一番若そうなユウキくんでさえも、そんな児童と遊んだに違いない。
しかし、今、この意見に真血流堕さんが素直に耳を傾けるかどうかと言えば、あり得ないだろう。皆と仲良くできたことが、俺が考える以上に嬉しいはずだ。
うさぎさんが、ベッドを避けて、部屋の隅にまるく集まっている。こんなうさぎさん達、誰もが、小さな体でも命はとても重い。どんなヤツが捨てたりしたのだろうか?
「月が綺麗でしたね……」
俺の袖を真血流堕さんが引く。困った。こ、こ、これは、困ったよ。
「そうだな。まんまるだった」
ごまかせたかな。
「春原さんは、明朝、最寄の岬みなと駅に来てくれるそうよ。本当は、そこで、佐助先輩を紹介したいけれども、ホテルで待っていてね」
「そうだな。分かったから、今は休もう。うさぎさん達のお話も、色々なことも全て深い眠りに任せよう……」
「はーい」
二人で唱える。
『おつかれーしょん!』
◇◇◇
その後、月夜にうさぎさん達が、踊る夢を見た。まあるいまあるい月が、水平線にかかっていた。
『うさぎさんのパラダイス。CHU・CHU・CHU!』
後ろ足で飛び跳ねると、嬉しそうに空中でぷるるんとする。
『美少女のパラダイス。CHU・CHU・CHU!』
小さな傘を差して、くるくると回す。色とりどりで綺麗だ。
すると、それぞれがうさぎさんから、美少女となり、くるんくるんと背から肩越しにこちらを見る。ミコさん、ユウキくん、ナオちゃん、ドクターマシロ、女神ヒナギクが……。皆、可愛いくて、うっとりとするしかない。
俺は、夢の中で顔をほころばせていた。隣には、女性がいる気配がする。勿論、真血流堕さんだと思っていた。だが、いつもと違う。横を向かずに声を掛けた。
『誰だ?』
『本城くん、お久し振りね――』
それは、懐かしい声だった。東京の彼女だ。
◇◇◇
そんな、怖いシーンで、目が覚めた。
「はあ、はあ、はあ。俺は、浮気をしているのか? 心の武士よ」
べっとりとした寝汗を流すべく、シャワーを浴びに行く。久し振りにヒゲが剃れる。む。これが、日本モードの俺だな。パラダイスでは、こうもいかなかった。
夕べ、真血流堕さんがベッド、うさぎさん達はフロアの隅っこ、俺は、ソファーで寝たのだったな。何だか、腰が痛い。ソファーの寝心地はガラパパパ諸島のハンモックに劣るな。ああ、思い起こせば、パラダイスは、素晴らしくパラダイスだったな。美少女がいるだけではなく、心のゆとりが。
シャワールームから出ると、真血流堕さんが起きていた。
「うさぎさん達は、楽しい島の暮らしでしたでしょうか? 真血流堕は、日本に来て、何も話してくれないうさぎさん達が可哀想です。あんなに沢山、お話ししてくださったのに」
「俺も同感だよ、真血流堕さん」
ソファーに腰掛けながらうさぎさん達への想いを吐露した。
「夢で何だがね、皆、楽しく艶やかに踊っていたよ。まんまるお月さまの前で、『うさぎさんのCHU・CHU・CHU!』の歌でね――」
「――その夢、真血流堕も見ました」
ぐらりと、真血流堕さんが俺に倒れ込む。
「ミコさん、ユウキくん、ナオちゃん、ドクターマシロ、女神ヒナギク! ああ、ああー。日本へ来たら会えなくなってしまったの? 人買いから助けようと思うのは、エゴだったの? ごめんなさい。ごめんなさい……」
シャワー上がりの俺のシャツに、真血流堕さんが涙で語った。
チ、チ、チ。アナログ時計が耳をざわつかせる。今は、午前六時。
「もう少ししたら、春原さんと待ち合わせた岬みなと駅へ行って来ます」
「大丈夫か?」
こくりと可愛く大丈夫のサインをくれた。
うさぎさん達のお世話をしながら、ホテルミサキABで、おとなしく待っていた。チェックアウトに間に合えばいいだろう。そんな呑気な考えは、この後、騒然たるものとなる。
◇◇◇
「スマートフォンも何もないのだよな。うさ語の通信もできないし。日本へ戻ったら、途端に情報化の痛みを感じるね。真血流堕さんは、何をなさっているのだろうか?」
うさぎさん達は、相変わらず、まるまるっとフロアーの隅にいる。それはそれで可愛いものだが、もっと活発なのを見ていたので、俺が悪かったのかと、後悔しきりだ。
ドアノブが、ガチャガチャする。掃除のおばちゃんか? いや、これは……。
「真血流堕さん……!」
ずっと、パラダイスで一緒だったのに、離れて間もなくのこの時が惜しい。俺の方から、入り口へ駆け寄ると、ドアは、乱暴に開いた。
「うちの真血流堕を気安く呼ばないで! この汚れタヌキったら!」
「はあ?」
クジャクの女に扇ではたかれた。
「俺の目に入れても痛くない真血流堕に何をしたんだ? ボロ雑巾?」
「はあ!」
濃いサングラスに長いストール。えーと、ギャングのボスか。こっちはグーで一発殴られた。
殴られたのは、俺だけならいいが、真血流堕さんは大丈夫だろうか。
最初のが、歌手の
「なんで、真血流堕さんの名前が、そんなに酷い漢字なのか。この際、教えていただきたい」
「関係ない。きっさま」
こわもてのお兄さんが現れた。スーツにグラサンで、ぽきりと腕を鳴らしている。
「それより、真血流堕さんはどこにいるのか?」
「春原と車よ」
しまった!
「くそー!」
「うるせえぞ。きっさま」
クジャクが顔を扇でおおう。
「ここで、大竹にやっておしまいと言うのは簡単なこと。ただ、三神家に泥を塗るだけになるわ。ほほほ。これから、熱海のスケジュールが入っていたことに感謝するのね」
「ああ、俺もここで油を売ってはいられない。スタジオに行かないとならない」
「真血流堕が手紙をしたためていたようだ。お前には、もったいない。大竹、破って捨てろ。三神家に傷がつくから、ここの金も払ってある。とっととうせろ」
三人が去って行く。
「仕事、仕事に、金か……。結局、金なんだな。俺もまいたけテレビでいそしむべきなのだろうか。海洋冒険家は、おしまいだ……」
窓のカーテンから、外を見てみる。誰もいない。
「真血流堕さんのいない、海洋冒険家なんてあり得ないものな」
うす暗い室内に、太陽による本当の明るさが注ぎ込む。
「真血流堕さん、まあるい月が綺麗でしたね。もう、朝日が昇ってしまったが」
まさか、うさぎさん達もいなくなっていないだろうなと、フロアーの隅っこを見る。まるくなっていた。うさぎさん達が、毛づくろいをしていた。
「そうだ、皆もご飯にしないと。先ずは、ここを出よう」
真血流堕さんの手紙を集め、残して行った着替えなどの荷物を持つ。うさぎさん達は、サーファーズショップでいただいた段ボールに入れる。
俺は、何もかも振り返らずに、外へ出た。
「パラダイスに、おつかれーしょん!」
永遠の別れなどするものか。パラダイスを離れたが、ここが俺の本当の島国、日本だ。地に足を付けて行こう。パラダイスは、邯鄲の夢のごとしだな。そんなにご立派ではないが。
真血流堕さん、いつの日かあなたの笑顔を咲かせたい――。
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