三十三羽 月の綺麗なホテル

 ――俺達は、無事、日本へ辿り着いた。


 『シンデレラ二世』に海流など関係がなかった。なぜなら、ダークパワースポットから、瞬く間に、移動したからだ。移動中は、ぐるぐると気持ちの悪い感覚があったが、皆で、歌っていた『パラダイスのCHU・CHU・CHU』のお陰で、助けられた。


「よし、誰も落ちたりしていないよな?」


 うさぎさん達五羽を真血流堕さんがしっかと抱いていた。


 俺が、屋根から顔をのぞかせると、太陽はなく、紺の闇夜に月がしっとりと水平線上にあるのが見えた。


「真血流堕さん、濡れたりしていないかい?」


「大丈夫ですよ」


 中にいる真血流堕さんの肩にとんとんと合図して、誘った。


「月が綺麗なんだ、見てごらんよ」


 真血流堕さんは、五羽のうさぎさん達を愛おしそうに抱きしめながら、そろそろと顔を出した。


「ふわあ! 綺麗ですね……」


「多分だけれども、俺達は、千葉ちば県にある九十九里浜くじゅうくりはまの少し南の方に打ち上がったようだよ」


 二そうの船、『シンデレラ二世』が、砂と海水とを削っている。大分浅いところへ乗り上げたものだ。


「俺の腹羅針盤によれば、太東海水浴場たいとうかいすいよくじょうあたりだと思われる」


「佐助先輩のデータは正しいことで有名です」


 月夜に照らされる真血流堕さんは、何と美しいことか。


「ところで、今は夏ではないな。この残念Tシャツのコーディネイトでは寒い。皆もうさぎさんのままだと寒いだろう」


 短毛のホトであるユウキ=ホトくんがふるふると身震いをした。


「何か着るものを用意したいですね。真血流堕もワンピースで少し涼しいです。夏休みは終わっている感じですね」


 どうしたものかな。シーズンオフで、お店も開いているか分からないな。


「うん。後、食堂でもいいから、この寒い風から身を守りたいな」


「うさぎさん達はどうなのでしょうか?」


 しまった。食堂にうさぎさん達は、入れられないな。ここで着替えるしかないか。


「取り敢えず、服を用意しよう。真血流堕さんは、ここで待っていて」


「大丈夫ですか? お金を持っていますか?」


 大きなパンチをくらったよ。


「俺、一円もない……」


 真血流堕さんは、黙っていたが、顔パス級のカードを持っていそうだな。


 俺は、見てはいけないものに初めて気が付いた。左手の中指に、エンゲージリングがある。月あかりで、プラチナと大きなダイヤモンドがきらりと光った。キノコン事件で着替えた際に輝きは感じた。だが、今まで、どうして気が付かなかったのだろう? そして、中指にする理由はなんだろう。


「すまん。それで、船が目立つから寄せるな。皆、降りて貰っていいかな? あの時のバカ力はもうないのだ」


 砂の奥へ、ずずっと寄せる。近くの漁港で朽ち落ちていたロープを拝借し、流されないように固定もした。これ幸いと落ちていたブルーシートでおおい、さようならをする。


「パラダイスへ戻るときが来るまで、封印しておく。皆もお別れして」


 真血流堕さんが、静かに祈ってくれた。


 俺は、どういうシーンでどうしたらいいのか、真血流堕さんから沢山のことを学んで来ている。ありがとう。これからも、真血流堕さんを尊敬して行きたい。


 太東海水浴場から、漁港を通って、海岸線を走る通りへ抜けた。


「うん。あそこに、コンビニの看板と安いファミレスの建物が見えるが。大丈夫?」


「メガネが、あまり合わなくなってしまいました」


 真血流堕さんが、赤いメガネを外して、むーっとやっているのが可愛くてたまらない。おおっと、心の武士だよ。


「ない方がよく見えますよ。佐助先輩」


「何だって。これも、パラダイス効果か?」


 パラダイスで、視力も良くなったようだ。


「佐助先輩。サーファーズショップも見えますよ」


「褒めてつかわそう。俺は、うさぎさん達と坂の入り口で待っているから、行って来てくれるかな? ごめん、ずうずうしいお願いで」


 にこにこと手を振って、真血流堕さんは買い物に行ってくれた。後で聞いたら、大変なことになっていたらしい。


 ◇◇◇


 わっさわさと荷物を沢山持って、真血流堕さんがこちらへ来る。


「サーファーズショップ99ナインナインで、収穫がありました」


「ありがとう。こんな月夜に申し訳ない」


 俺は、頭を垂れる。


「お店は、閉まっていたのですが、呼び鈴を鳴らしたら応じてくださったのです」


 こんな時分に何だと思ったろうな。


「荷物のお支払いは、どうしたの?」


「春原さんと言う幼い頃からのおつきの方へ、店主さんの電話で連絡しました」


 電話でぽんかよ!


「毛足の長い、ライオンラビットのナオちゃんまでが、寒そうに鼻をひくひくさせているよ。どこかで、休ませないと」


「そうですね。そこで着替えて貰えたらいいと思います」


 俺達は、海岸通りに目をやった。ずっと見たが、ファミレスの側にちょっと古い、大きな建物がある。ただ、閉館していそうだ。大体、夜にチェックインするのは難しいよな。


「うーん」


 俺は、ひとしきり、悩んだ。坂の下の三叉路で、風が腰を痛くして来る。と、年ですね。四十一歳が本当の姿だ。


「佐助先輩、上を見てください」


「ん? 月をか?」


 真血流堕さんは、恥ずかしそうにしている。


「おおお! ホテルか。坂の途中に、『ホテルミサキABえーびー』があるけれども、ちょっとあやしげだな」


「行ってみましょう」


 ふんとお! ぬあんとお!


「何を仰るうさぎさん!」


「皆のためだもの仕方がないよ」


 真血流堕さんが、むーっとしている。どうしたの? 日本へ来て、ズレて来た? とにかく、坂を登って行く。


「お金はどうするの?」


「春原さんが、これから、カードと現金を持って来てくれるって」


 最悪パターンだ。


「ダメだろう? 尚更、ダメだろうよ。三神家のお嬢様がご結婚もまだなのに、こんなむさっくるしい男となんか。真血流堕さんの身分は、どうやって証明するの?」


「ネックレスのチェーンにつけていた、エンゲージリングを指にはめてみました。薬指にはゆるくなり、中指ですけれども。いただきもので申し訳ありませんが、換金したいのです」


 大方の察しがついた。榊原くんに手切れ金として貰ったか何かだな。ご結婚ならずだ。


 ◇◇◇


 ホテルミサキABは、入り口に立つと、車で入れるようになっていた。空き室があると表示がある。歩いて中へ入って行く。受付は無人で、どの部屋でもいいから適当に選び、二階へ行った。


 うさぎさん達を堂々と入れられて良かったが、それにしても、いわゆる大人のホテルで、衝撃が大きかった。


「これが、噂に聞く、らららーぶらぶのお宿ですか!」


「佐助先輩、驚いているのですね」


 それで、うふっとかって笑うの? 大丈夫なのか、真血流堕さんは。心の傷は深いと思うのに。俺なんか、どっきんどっきんで、心の臓が壊れそうだよ。何もしないけれども。


「はーい。うさぎさん達、皆、着替えましょうね。皆の好きな色とかも考えて用意しましたよ」


 うさぎさん達は、とても静かにしている。ちょっと変わっていることと言えば、背中に傘を背負っていることぐらいだ。


「むにゅー。皆、おとなしいけれども、どうしたの? 旅の疲れかしら」


 真血流堕さんが、小さな短毛種、ネザーランドドワーフのミコさんを抱き上げてお尻をすぽっと抱える。ミコさんは、その胸に甘えることはなく、自分で飛び出してしまった。


 ――もう、ここまで来たら、俺の意見を言ってもいいか。


「うさぎさん達は……。もしかして、学校で飼われていたのではないか? それが盗まれたり、捨てられたりしたとか」


「何ですって!」


 落ち着くんだ、真血流堕さん。どう、どどう。俺が癒しの呪文を言うぞ。


「おつかれーしょん!」

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