三十一羽 精霊たちとラララララ
俺は、『何か』を忘れたまま、『何か』をしなければならないとらりぱっぱになって、意気込んだ。
さてと、気分一新。俺の仕事の始まりだ!
「さあ、俺達のパラダイスでの式をしようと思う」
「えー!」
俺は、気分良く両手を広げた。
「本気で言われたら、どう思うよ? るるるん」
「プロポーズだと思いますよ。いいのですか」
割と落ち着いているのね。真血流堕さんは、気を遣っているのか。
「俺が、三神家にご挨拶に行くのかな」
俺が手を差しのべる。真血流堕さんは、その手に手を乗せてくれた。
「もう、そんなお年ではありませんよ」
ぷぷぷ。お嬢さんなのに。
「真血流堕さんは、まだ二十二歳なの。ご両親も心配しているだろう」
俺は、ダンスを知らない。けれども、真血流堕さんの心をほぐすように、ゆっくりと体を揺らした。
「私は、そもそも両親に愛されておりません」
話をぶった切られてしまった。どうつくろうかな。
「赤ちゃんに真血流堕さんと命名された方は、誰なんだろう。それが分かれば、気持ちが整理できるかも知れないな」
「知らないの。本当よ。真血流堕は、歌手の母に、自分の自由を奪ったと呪われながら、お腹にいたなんて信じたくない。後に聞いたとしても嘘だと言って欲しかった」
ゴーンゴーン。チャペルから、いましめのような音が鳴る。
「私は、中一のときに誘拐されたのです。まだ、詳しく話していませんでしたが、大丈夫ですか?」
「そんなことを話したら、真血流堕さんが、傷付くだろう?」
ゴーンゴーン。今、解決した方が、これから明るく生きていけるのかと、深みのある音に問われているようだ。
「まあ、昇一様に、初めてのあともなくて、お前なんか幼稚な顔して、遊んでいる女だと言われて哀しかったけれども、もう済んだことです」
「もう、随分と傷が深いだろうよ」
◇◇◇
――誘拐されたのです。
それは、中学一年生の五月でした。真血流堕の誕生日、五月十五日に、私立
『黙ってろ!』
直ぐに口から何かをかがされて、眠ってしまいました。それから、記憶は殆どありません。父が言うには、多額の身代金を支払って、体裁をつくろったそうです。少し哀しい言い方ですね。
『気持ちが悪い……。食欲もないの』
『まあ、お嬢様。ご病気かも知れません』
体の不調を訴えて、おつきの
『何があったの?』
『お嬢様。大きくなられたら、お分かりになりますよ』
中学校は、暫く休みました。黙っていても、マスコミが報道してしまって、氷のような面持ちでいた真血流堕は、たえられなかったのです。心が弱かったのですね。
総合病院の精神科は、老人医療メインだったので、違う病院を紹介されました。
『遠いし、面倒だから、行きたくないでしょう? 真血流堕』
『分かりました。お母様』
『春原にも、恥ずかしいことは止めるように。そこの
嵯峨野さんは、はいとしか言わないので、三神家でも有名な執事です。
しかし、体裁ばかりを気にする両親ですから、春原さんを介して、登校するように催促されました。
『もう、乙女ではないのですって。三神家などとおごっていたからだわ』
殆ど装飾を与えられない自室で、ベッドに泣き伏せた日は少なくなかった。
『本校から、このような失態が出たことは遺憾なことだ。慎みたまえ』
学校の責任は皆無で、副校長としては、先に釘をさしておきたいと顔に書いてありました。
『結婚なんて、できないでしょうよ!』
一番気になったのは、両親と違って、幸せな結婚を望んでいたのだから、かごに閉じ込めるような言葉には、泣きたくなりました。でも、泣いたら負けだと。あれは事故ですとお医者様も仰っていました。犯人も捕まらず、やり場のない気持ちを指折り数えて、胸にしまうことにしました。
だから、ここは車もなくて、本当にパラダイスです。悪い人は、人買いがいましたが。
でも、がんばる! 佐助先輩の幸せのために。
◇◇◇
「俺の幸せのためだって?」
こくんと真血流堕さんは頷いた。
「こんな気持ちを抱えた真血流堕さんが、俺みたいなヤツの幸せを願ってくれるのか」
俺、どうしようもないよ。思い描いていた将来像とは異なる道を行ったし、東京の彼女を置いて来たのも、俺が自分の好きな仕事で稼げるようになるためなんだ。最悪、真血流堕さんをガラパパパ諸島へと連れて来てしまった。
俺を振り返り、胸にじわじわとこみ上げるものがあった。
――その時、俺達が移動して来た座標から、ぽん、ぽんと、音がした。
振り向いてみると、大変なことに。うさぎさん達が、傘を背中に巻いて、やって来たのだ。ミコさん、ユウキくん、ナオちゃん、ドクターマシロ、女神ヒナギク、皆だ。これには驚いたな。
うさー!
五羽の精霊さんが舞い降りたようだった。もふもふのうさぎさんだけれども。
「やや、皆さん、元気なご挨拶、ありがとうございます。どうしたの?」
うささ。うっさ。
「ナオちゃんがね、勇気を振り絞って教えてくれたよ。讃美歌のようなものを歌ってくれるらしい」
「え……。本当ですか……」
うさうさうっささー。うささー。さー。
俺は、真血流堕さんの手を再び取り、にわかにダンスを始めた。少し前までは、手を繋ぐと誰かが見ていると思っていたのにな。
「さあ、今は、踊ろう」
うっさささうささー。
「佐助先輩、素敵な方々にお祝いされていますね」
「あの女神ヒナギクが折れるとは思わなかった」
うさー!
「ああ、船を造ってくれると言うので、感動したらしい。最初に話していた気がするがな。船が欲しいのなら協力しないでもないと」
「それもそうだわ」
うっさ。
「ナオちゃんは、人買いが怖いのだって。ユウキくんは、新たな食材を求めたいと。料理人としては、かなり飽きてしまったらしい」
うささ。
俺、もの凄くうさぎさん達の言葉が分かるよ。
「ミコさんは、この島を出るべきとの未来を見たことがあると、羊皮紙に書いてあったようだ。ドクターマシロは、設計にあつい俺に惚れたとか何とか、んにゃにゃにゃにゃにゃ」
ぎゅお! 足踏んだろう? サメ柄パンプスめ。
「真血流堕さん、少し、幸せに近付けたかな?」
◇◇◇
――俺は、『何か』を思い出した。
「チャペルが、チャペルでいられるのも、後ひとときだ」
「チャペルがどうにかなるのですか。佐助先輩?」
俺は、踊りながら、思い出した『何か』を皆に言おうと思う。
「チャペルは、皆のパラダイスから脱出する『船』となるのだ……!」
皆、俺を注視している。もう一度言おう。
「チャペルを加工して、大きな船としたい。うさぎさん達五羽と真血流堕さんと俺が乗る」
踊りの手を休める。
「俺は、船長となる」
胸を叩いて、誓う。今度こそ難破しない。
「佐助先輩。そのようなお考えがあったのですね」
「この構造物は、チャペルにも合うが、いざとなったら、船にもいいだろう。三面鏡のようになっている内、左と右をそれぞれ一そうずつに見立てられる。残りの構造物は、真ん中から得られる」
キノコンの胞子さえなくなれば、理想的だと思っていた。
「どうだ。悪くないだろう? 一から作るのは難しい。キノコンの胞子もいないチャペルは理想的だ」
「はいはーい質問。どうやって海まで運ぶのですか?」
まっちるださん。帰りたいのね……。
「滝があったろう。ダークパワースポットとして利用できないかな? 皆、乗りながら、移動するのだよ」
「冴えていますね!」
ううう・ううう・ううう!
「ダーメ。女神ヒナギク。ダメダメだよ」
うにゅ。
「泣いてもダメだよ」
「なら、安らぎを与えましょう。佐助先輩もご一緒に」
『おつかれーしょん!』
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