二十五羽 営業CHUって

 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 久し振りに俺にずんずん来る。この音楽は、女神ヒナギクが迫りくる嵐の前ぶれ。


「まーった。待った。女神ヒナギク」


 俺の腰をつかみ、腕をまわそうとして来た。


「どうしてですの? これから私のサロンでしっぽりするのですから、いいではないですか」


 一旦、抱きつきから離れた。だが、今度は、肩に両手を掛けるのか。さくっとよけたかったが、がっつりつかまっているようだ。


「離してくれ」


「このパラダイスでは、ああなってはしまいましたが、迷いの林にあるチャペルで式を挙げられますわ」


 か、顔が近いのですけれども? ダメ。ダメ、ダメ。


「おー。あのチャペルって機能していたんだ。俺は別の使い道しか考えていなかったよ」


「チャペルは、結婚する二人とそれを祝うための教会です」


 俺は、真血流堕さんを心配して、視線を送った。面差しの哀しそうな真血流堕さんが、ただじっと唇を噛みしめている。


「真血流堕さん、どう思う?」


「私は、佐助先輩がいつどういったお相手を選ぼうとも、口を挟む権利はございません」


 な、何か怒っているよね。これ。真血流堕さーん。現状を打破しなければ。


 俺は、手を挙げて提案した。


「よーっしゃ。とにかく、シャワーを浴びに、女神ヒナギクのサロンへ行こうか? 全員一緒の行動で大丈夫だよな」


 車座の皆が次々と立ち上がる。


「ミコはいいですよ」


 もじもじとしている。特にトイレかとか訊いたら、やられそうだな。


「もきゅ」


 ナオちゃんは、本当におとなしい。うさぎと見まごうばかりだ。可愛い娘なのだろうな。


「自分もOKです」


 ドクターマシロ、期待していいかい? 何かあったら、助けて欲しい。うおお。俺はなんて心の武士に反することを考えてしまったんだ。


「ボクだっていいさ」


 ユウキくんは、おかもち風の入れ物を持ち歩くそうだ。たたむと随分とコンパクトになったものだ。サロンへ行った後、自分のレストランへ戻ると言う。


 そうして、全会一致で可決し、二ツ山を後にした。


 ◇◇◇


 サロンでは、アールグレイ風の紅茶をいただいた。美味しい! キノコン入りかと疑った程だ。


 ちょっと休んで、皆とほっこりとした。色々な話をしたな。皆、生き甲斐を持っているようだ。信条も教えて貰えて、何だか、心の中をそっと覗いた気分だよ。


「皆、元気で」


 サロンを去る皆を見送った後で、俺達も眠ることになる。


「勇者、佐助様。こちらですわ」


 俺の寝室は、ハンモックだった。てっきりベッドだと思っていたので、驚いたよ。


「おやすみなさい」


「おやすみなさい。いい夢を」


 ◇◇◇


 夜、まどろみながら、俺は、皆の様々な様子を思い浮かべていた。


 Aカップのミコ=ネザーランドさん。灯台守り。未来の瞳を持つ占い師でもある。崇高なイメージだったが、俺になついてしまった。信条は、『冬来たりなば春遠からじ』だそうだ。


 Bカップのユウキ=ホトくん。大樹様の上に、展望レストランを持つ。家庭的なユウキくんに、さくらんぼの頬になられると、俺も弱いな。信条は、『山椒は小粒でもぴりりと辛い』らしい。


 Cカップのナオ=ライオンラビちゃん。二ツ山の砂風呂を管理する。人買いから助けたものだから、恋心をひそやかに抱いてくれた。もふもふ感は癒し系で、俺もやられているよ。信条は、『女心と秋の空』だって。意味が分かっているのかな。


 Dカップのドクターマシロ=ダッチ。迷いの林の側に最新鋭の建物に暮らす。ゲームセンター遊びとデータ収集及び解析を主としている。鬼のマッシーが昔のあだ名と聞いた。力強さを感じるけれども、本当はどうなのだろうか。ハーレム未完成なのは、鬼のあなたのお陰です。信条は、『出る杭は打たれる』って、見ていれば分かる。


 Eカップの女神ヒナギク=ホーランドロップ。浜辺の小屋にパラダイスの女神がサロンでくつろぎを与える。うさうさフォーリンラブであなたも変身。笑顔の絶えないリーダー的存在は、まあ、合っているな。信条は、『魚心あれば水心』と仰りますが、本当かな。


 真血流堕さんは、アルバイト。特に、ユウキくんと仲がいいな。俺からしたら、キミが女神な気もする。


「皆、仕事を持って、がんばっているんだな。占い、レストラン、お風呂、ゲームセンター、サロンとそれぞれにだ」


 はたと気が付いた。


「……営業CHU!」


「うさちゃんは、営業CHU!」


 この海洋冒険が終わったら、この旅を記録に残そう。誰も信じないかも知れないけれども、それはそれでいい。


 俺への視線、変わって来たよな。何だか、ハーレム状態になって来たけれども。彼女と言う存在は、この世に一人きりと決まっている。美少女うさぎさん達五人に、真血流堕さん、忘れてはならないのが、東京の彼女さん。


 もてまくりの新年となったな。一年の計は元旦にありで、行けますか。


 まどろんでいる内に、本当に疲れて、俺は深く眠りについた。


 ◇◇◇


 ハンカチ……。


 俺のおつかれーしょんハンカチがない!


『しゃしゅけ先輩、失くしたらダメですよ』


『そうですよ。早く探しましょう。結婚式ができませんよ』


 母上様! どうして、ガラパパパ諸島へ? 難破しなかったのですか?


『佐助さんが心配で……。急ぎ、弘前から参りました。佐助さんのお好きなカレーライスを拵えましょう。晴れの日ですからね』


『俺の腫れの日だって?』


 カンパーイ!


『どうなっているの?』


 それよりも、隣に誰が座っているのか、知りたい。だって、俺に好意を寄せる娘が多いから、もう分からないのだよ。


『そのベールをそっと上げてくださいませんか?』


『誓いのキスまでお待ちください』


 誰だか分からないのは腑に落ちない。


『では、名前を教えていただけませんか』


『私の名前も分からずに、このような席をもうけたのですか』


 怒っていますね。


『いや。その。あの。どの。えーと』


『ええい! 見苦しい』


 隣にいた者が立ち上がった。


『ち、父上様……!』


 その顔は、俺を少し老けさせたようだった。


『父上様でしょうか?』


『愚問なり』


 それもそうだが、父上様の顔を俺は知らない。


『俺は、他の方と結婚したいので、この席はかわってください』


『誰にだ?』


 父上様は、紋付き袴姿になっていた。


『ええ?』


『誰にだと訊いておる。父に紹介せい』


 困った。これは、窮地に立たされた。美少女うさぎさん達、真血流堕さん、彼女さん……。


『選ぶと、残された者が、傷付くでしょう』


『それを優柔不断と言うのだ』


 ぐうの音も出なかった。


『勘当いたす』


 強く言われた。本気なのか。


『あなた、およしになって。佐助さんもまだ若いのですから』


『四十過ぎたら若くない』


 あーいたいたいたた。これは痛い。


 ちりーん。ちりーん。ちりーん。ちりーん。


『鈴の音か?』


 お時間となりました。佐助先輩、瞼を起こしてください。 


 ◇◇◇


「おつかれーしょん!」


 俺は、がばっと起きた。ハンモックがゆらーんと揺れて、変に気分が悪い。


「今、起こしたのは、真血流堕さんか?」


「熱でもあるのですか? 寝汗が酷いですよ」


 真血流堕さんは、俺の汗を拭いてくれようとした。だが、その手をとめ、俺にハンカチを渡した。距離を置きたいのだろうか。だとすると、寂しいばかりだな。


「分からない……。多分、夢見が悪かっただけだ」


 あー。なんじゃ?

 

 <ほんじょうさすけせんぱい! おつかれーしょん! みかみまちるだより>。


 これって……。


「ユウキくんが持っていて、拾ったって仰っていましたよ」


「どこで?」


「大樹様の上ですって」


 真血流堕さんのハンカチだ……。


「不思議な話もあるものだな。もう動じないけれどもな」


 胸が打ち震える。


「それにしても、これは、大事なものなのだ。ありがとう」


 ふ、ふふふ。おでこにキスしたい。でも、ダメ、ダメだよな。心の武士が引きとめる。


 ところで、今は、朝なのだろうか? だとしたら、ここぞとないチャンスだ。


「全員で集まって、発表したいことがある」

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