二十三羽 リアルきゃっきゃうふふ

 美少女うさぎさん達五人は、傘をくるくると回しながら、上手に降りやまない胞子をよけていた。色とりどりの傘が、錯覚を起こす駒の絵のようだとも思ったし、日本の芸にも感じられた。


 雪と胞子が混ざり合い、時にはかたいつぶてが落ちる。


「大丈夫かい?」


 真血流堕さんと俺もくるくると傘を回すのに加わった。


「楽しいですね。佐助先輩」


「おお。毒が抜けたかな? ちゃんと俺の名を呼んでくれているし。しゃしゅけではないからな」


 俺は、びっと真血流堕さんのおでこを指した。真血流堕さんが、頬を染めている。雪のせいではないと、いくら俺でも分かる。俺の方がデレるだろう?


「あの、佐助先輩。お助けいただき、ありがとうございました」


「浦島太郎でも何でもないからな。真血流堕さんが中にいたから、助けたまでだ」


 俺の真血流堕さんが、俯いて頬を染めている。やはり、キスは行き過ぎだったかな。俺だって、胸がどきどきする。おおお、男の俺だってな。本当のキスは初めてだったって、今、伝えたらどうなるのだろうか?


「あの、真血流堕さんは、やめましょうよ。真血流堕アナの方が、彼女さんとの距離感があっていいと思います」


 ああ、そっちか! 余計に恥ずかしいではないですか。


「真血流堕さん。俺は、もうそうしか呼べないよ。仕事関係だけではないと示したい」


「だって、それって……」


 真血流堕さんが言い淀んでいる時、雪がやんだ。キノコンの胞子も散り終わった。地面に雪の力でかためられた黄色かった胞子が赤く血のようになっている。真血流堕さんの名にも血の文字がある。


 人を愛して、その二人に子を授かる。子に命名する時、『真血流堕』がどうしてもいいと言える人はいるのだろうか? おつかれーしょんハンカチにあったサインは、平仮名で、『みかみまちるだ』だった。ならば、真血流堕さんは、甘んじている訳ではないのだろう。


「気が利かなくって、俺」


 まちるださんと呼びたいと言いたかった。


 俺達の話はまだ終わっていない。だが、既に、一つのステップは取り返しがつかない高さまで来た。俺が、何段も上にいる真血流堕さんの影を踏むように。


「ごめんな」


 そう言って、肩を抱きたくなったが、俺達が壊れて落ちて行くステップだと思い、震える腕を振り切った。


 ◇◇◇


 あれやこれやありながら、迷いの林をドクターマシロのリードで抜けられた。やはり、ささくれだった道筋は、ダンジョンなだけに、抜け切るのは難しい。俺は、一人では行かないことを決めた。


「これから、二ツ山のナオちゃんのお風呂でキノコンの胞子を流し切りましょう」


「え? 砂風呂で!」


 うさぎさん達には、いいお風呂だからな。


「うーん、砂以外がいいのですか?」


「お湯がいいです。ないですかね」


 海に入って、溺れたら嫌だしな。


「女神ヒナギクのサロンにはありますよ」


「真血流堕も砂風呂も素敵だと思いますが、シャワーとかお湯の方がいいです」


 そうだよな。もしかしたら、真血流堕さんは、まゆにいて、べたべたしているかも知れない。


「勇者、佐助様と真血流堕様が、うさうさフォーリンラブなのでしょうか!」


 むきーっと引っ掻く三秒前になっている。ああ、怖い。


「お前は、猫か! 美少女うさぎさんだろう。なーに考えているんだ! 女神ヒナギクのサロンって、どんなところかも分からないし」


 もきゅっと女神ヒナギクが小さくなった。ちょっと強く出てしまったかな。


「取り敢えず、別行動は危険だ。全員揃って、砂風呂が終わったら、女神ヒナギクのサロンへ行こう」


 ――きゃっきゃうふふなんて世界に、俺は関係ないと思っていた。そんなウソみたいな話が本当に来た。


 来たー!


「きゃっきゃ」


「うふふふ」


「いやーん」


「だんめ」


「いいじゃん」


 砂風呂の方からはしゃぐ声がする。どうしたものか。俺は、男の脱衣所で待ち、真血流堕さんは、女の脱衣所で何かしている。


「佐助先輩、コーヒー牛乳が美味しいですよ」


 番台越しに響いて来た。


「おおお、後で、ナオちゃんに売って貰おう!」


「金銭がないようです。ただでしたよ」


 ずりこけた。


「そんなにパラダイスなのか」


 俺は、砂風呂でのうさぎさん達のきゃっきゃうふふなんて世界、これが人生のパッションフルーツ的体験となるとは!


 きゃっきゃしたいぜ!


 うふふもしたいぜ!


 そうして、俺は、暮れて行く……。


「いつか、誰かと結ばれたなら。俺にだって、俺にだって。冬来たりなば春遠からじだぜ」


 ◇◇◇


「やあ、お待たせ」


「ユウキくん、砂浴びはもう終わりですか?」


 ぐー。


「あは。真血流堕くんもお腹が空いているのだね。ボク、出前するから、ここで待っていてよ」


「あ、いいですよ。こちらからユウキくんのレストランに行きましょう。パラダイス定食は、三ツ星ですよ」


 真血流堕さんは、本当に満足していたのだな。痺れて分からなくなっていたのではないのだね。俺なんて、戦々恐々としていて、愚かだったな。


「勇者、佐助様。お着替え、終わりましたわ」


 女神ヒナギクは、色々なことがあっても態度を変えない。そこは、大したものだと思う。


「おー。サンクス。いい砂だったかい?」


「キャー! 今度一緒に浴びましょう」


 無理は言わないで。


「ミコも上がりました」


「あたしも」


「お先に。自分もです」


 うさぎさん達が皆、砂風呂から上がって、元のそれぞれの衣装に着替えたようだ。


「女性の脱衣所にいらしてくださいね」


 俺は、話を聞くなり、ほいほいと男の戸を出て、そろそろと女の戸からくぐって入って行った。車座におさまる。


「雪だるま超ミニバージョンを五つも作ってくださって、ありがたく存じます。それぞれに名をつけました」


「ドクターマシロ、美少女うさぎさん達の名をか?」


 首肯されて、俺は、何だか胸にこみ上げて来るものがあった。そこまで喜んで貰えるとは思っていなかったから。


「真血流堕さんを助けて貰ったことを考えたら、ささいなことなので。でも、ありがとう……」


 ぐー。


 今度は、俺のお腹の虫が鳴った。


「よっと。話の途中ですが、大樹様へ行って、ユウキがパラダイス定食を持って来ます。出前ですよ」


 おいおい、こんな小柄なユウキくんが、難しいだろう。


「出前って、七名分だぞ。ユウキくん、どうするんだ? 俺も運ぶから」


「私も手伝います。真血流堕は力持ちなのですよ」


 真血流堕さん、いつも通り優しいなあ。


「んー。どうしようかな。ボク、いつも出前は一人だったから」


「ユウキくん。取り敢えず、大樹様のレストランへ行くよ。俺は、男だ。力もあるし、怖いものから守れるからね」


 ユウキくんは、真っ白な肌にさくらんぼに頬を染めた。


「いや、いや、いや」


「まあ、まあ」


 結局、俺は、ユウキくんと真血流堕さんとで、大樹様の上まで登った。


「今度は、落ちないからね」


「ははは」


 笑いも取りつつ、楽しく登って行った。大樹様の上では、ユウキくん一人が結局パラダイス定食七名分をこしらえた。


「俺が四人分、ユウキくんが二人分、真血流堕さんも二人分でどうかな。気を付けて、運ぼう」


「あの。佐助くん……。持ち過ぎだよ」


 おかもち風の入れ物に沢山積んだ。


「いつもこれ位のことをやってのけているのだろう。遠慮するなって」


 三人で、冷めてしまうかなと言いながら、楽しく話をして運んだ。


 結局、二ツ山の脱衣所で、パラダイス定食を食べた。俺としては、あのキノコンの入っている食事なのかと思ったが、真血流堕さんがよければ、いいと思うことにした。


 縁日ストローをさければ安全だからと、真血流堕さんには、レインボーかき氷を先割れスプーンで食べて貰った。


「ごちそうさまでした」


 皆、食べ終わって、手を合わせる。


「おつかれーしょんです! 佐助くん」


 ユウキくんが、縁日ストローを握りしめて言ったのには、意外だった。

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