三うさ もふもふ隊で濡れてもいい
十九羽 粉雪の頬
「メリークリスマス! 皆に幸あれよ。元気に行こうな」
それにしても、もふもふはいいなあとうっとりした。しかし、うさぎさんは、可愛いだけの女の子だなど、甘い考えは捨てた方がいい。
「よーし、皆も抱っこしようか。おいで、おいで。お風呂から上がろうな」
うさうさ引っ掻き!
「ふおー。結構しみますね。あいたたた。ツンとすましたホトのユウキくん」
うさうさパンチ!
「ちょっと、ジャブきいているね。泣きながらするの? もしゃもしゃしているライオンラビットのナオちゃん」
うさうさキック!
「ああ、それでもふっさふさの尻尾が可愛いですよ。ダッチのドクターマシロ」
まあ、ラストは毛色が違うので、避けたいけれども。来たね。来たねー。うさうさフォーリンラブ! 抱っこしたら、頬っぺたをちいちゃな舌でぺろっとされてしまった。うさぎさんだもの。浮気じゃないな。な、心の武士よ。
「CHU・CHU・CHU! 推し掛け女房と名の高い、ホーランドロップイヤーラビットの女神ヒナギク」
はあ、はあ、抱っこしただけで、疲れるのも中身は四十一の俺だからだな。永遠の二十四歳にも限りがあると言うこと。
「あれ? ネザーランドドワーフのミコさんは、どうしたの?」
もしかして、デレている! 俺の側から離れないではないか。何があった? 俺、何かしたか? 身に覚えはないぞ。
「ちょ、ちょ、ちょっと。心の浮気は、もっといましめが多いと思うが」
うささー。うさ。うさ。
ん? 何だかご立腹の方もおられる。
「あ、何で俺が攻撃されたか分かった。女湯の脱衣所だからだ。間違えてしまって、ごめんなさい」
痴漢のつもりは、ないですよ。とほほ。
◇◇◇
「皆。作戦、『堕ちた真血流堕アナを救え』の名のもとにお集まりいただき、ありがとう」
真血流堕アナを救う? いや、真血流堕アナと一刻でも早く会いたい。俺の相棒なのだ。仲間なのだ。東京にいる彼女には、誤解しないで欲しい。大切の色が違う為だ。ベクトルとでも言うか。
「真血流堕アナは、ドクターマシロによれば、パワーダウンスポットの一つが迷いの林にあり、そこから吸い込まれたようだ。ドクターマシロの解析で、そこは、見た者は少ないと言われている幸せのチャペル跡地の可能性がある」
うさぎさんと化した皆は、話が分かるのか。
うさうさ。うさううさ。
「頷いてくれるのか。ありがとうな」
ざわついている。俺の胸がだ。あの美少女たちなら、人間の姿だからよかった。だが、うさぎさんの姿の彼女らを連れて行くのは如何なものか。一人で悩んでいても仕方がない。訊いてみよう。
「うさぎさんの姿で、不安はないかい?」
うささささ……。
俺の心とシンクロするかのように、ざわつきが伝わる。さっきは、一時、気持ちが伝わりにくかったのに。気持ちの問題なのだな。人とうさぎさんの垣根とは。
「ごめん、俺が心配を掛けてどうする。俺は、たとえ一人でも行く。ついて来てくれるのなら、そろそろ日が昇る。日の出を合図に、出発したい」
俺は、一人、女湯の戸をくぐり、ミコさんとここへ来た時に空が暁だったのを思い出した。昇る日の行方を追う。
◇◇◇
――俺の心は、真血流堕アナの微笑みを辿っていた。
真血流堕アナの笑顔が太陽のようだったとじいんと胸が揺すぶられた。あの子は、何も知らない世界から這い上がって来た
少し稼がないとならないと駆け込みで入った俺は、仕事をお金の為と考えて割り切っていた。頭でっかちの仕事から、体を使う仕事に切り替えたかったのもある。
『おーい、本城くん。しっかりやってくれよ』
『はい!』
カメラのケーブルを巻いて運ぶ。皆、俺なんか下に見ていると思った。先ず、俺自身が、修士の時に、四大出は苦労するだろうなどと思っていた。
稼げばいいんだ。彼女の為に、稼げばいいんだ。世の中、お金もないと生きて行けないんだ。
そんな俺よりも真血流堕アナの方が人気も実力もあった。情報番組、『おはようまいたけん』で、初めて仕事が一緒になった。みかみんと呼ばれて、腰掛け三年のお仕事かと高を括っていた。
その日、俺は頬を粉雪で打たれながら、一番に仕事に入った。それを常としていたからな。だが、俺よりも早く来ていたアナウンサーがいた。
『本城佐助先輩ですか?』
本来、俺から挨拶するところを先に声を掛けてくれたっけな。焦って、どうでもいいことを言ってしまった。
『いや、俺は先輩と言う程の働きをしていないよ。本城さんでいいよ』
実際、コードが絡まないように運んでいる時間の方が長かったしな。下っ端でしかない。
『いいえ、私が大学でアナウンス部だった頃、ギター部の先輩がいらっしゃいまして、名簿に先輩と一つ一つ付け足されたことがあったのですよ。失敗したなと思いまして、それ以降、気を付けています。気付きが遅かったのですが』
随分と謙虚だな。確か、三神家のお嬢様だと聞いたけれども。
『あの……。頬が濡れています。これがあると、今日もお疲れって気分になるのですよ』
『いや、そんな。拭かなくてもいいよ。ハンカチが濡れてしまうよ』
ハンカチを貰ってとまどったものだ。真血流堕アナのメッセージ入りの。
<ほんじょうさすけせんぱい! おつかれーしょん! みかみまちるだより>
おつかれーしょんは、まいたけテレビの放送する地方で言うところの、お疲れ様の意味があるお国言葉だ。
この日を機に、真血流堕アナの俺への思想改造計画が始まったと言ってもいい。みかみんなんて呼ばれてただいい気になっている子ではなかったってことが分かった。何かと俺の彼女に対するいい相談相手になってくれた。
難破して、あのハンカチがなくなってしまったがな……。
ああ、何気なく持ち歩いていたが、おつかれーしょんハンカチは、俺にとってなくてはならないものだと分かる。少し、涙が出そうになった。物には固執しない方だがな。
今、真血流堕アナの笑顔が、地平線から離れた太陽と重なった。
さあ、出発だ……!
◇◇◇
見つめていたさんさんと輝ける太陽に背を向けた。すると、俺の後ろには、五羽のうさぎさん達がいたのだ。
俺は、声を失い、唇を噛んだ。
ホーランドロップイヤーラビットは、女神ヒナギク。
ネザーランドドワーフラビットは、ミコさん。
ホトは、ユウキくん。
ライオンラビットは、ナオちゃん。
ダッチは、ドクターマシロ。
パラダイスは常夏の香りさえするのに、あの日の粉雪を思い出した。
今、おつかれーしょんハンカチはないが、胸の中にぎゅっとしまってある。
「けわしい道もあるだろう。あたたかい道もあるだろう。だが、どの道も安易に戻れないかも知れない。それでも、それでもついて来てくれるのか」
自分の涙を恥じた日もあったが、こればかりは、致し方ない。
「俺は、皆の心に打たれた。あの朝日をたよりにしよう。真血流堕アナが逝ってしまわないように」
俺は、拳を振り上げる。
うさぎさんの皆もそれを目で追う。
「おつかれーしょん!」
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