十四羽 真血流堕アナ堕ちる
美しい声の精霊とチャペルで出逢った。真血流堕アナ、俺は、もう心残りはないよ。
「綺麗な歌声だったね。喉渇いただろう。命の水を少し飲むといいよ。先に飲みな」
「ありがとうございます」
真血流堕アナは、パラダイス定食をもりもり食べて、少しは難破した後の疲れを癒したと思っていたが、やはりやつれている。こんな古傷の話をした後だからかな。俺も悪いな。心の武士、失格だ。
ん?
「誰か、俺を呼んだか?」
命の水を真血流堕アナから受け取る。
「いいえ。私は、聞こえませんでした」
俺には、弘前にいる母上様の声が聞こえた。空寒いな。
『行ってはなりませんよ……』
虫の知らせとは、このことか。しかし、ここから移動しないと、夜にでもなれば、危なそうだ。真血流堕アナだって、心細いだろうしな。
「いい収穫があった。この教会、チャペルだよ。名案が浮かんだよ」
「それは良かったです。佐助先輩は色々天才のご師匠様ですからね」
今は、真血流堕アナもちょっとは体力もあるだろう。俺がしっかりついて、無事ジャングル化した迷いの林を抜けることに専念しよう。
「褒めても何も出ませんよ」
腹羅針盤といいつつ、濡らして立てた指や頬に感じる風向きも参考にしながら方位を決める。それは当然だよな。この林は、生き物の気配がないから、俺としては、怖いよ。でも、不安を悟られてはダメなんだ。遠回しに守るのも心の武士だよな。
「えー。これから、腹羅針盤によると、こっちがいいらしい」
俺は、自信満々、教会の裏側を指差した。
「教会の裏へ行くと、ナオちゃんのお風呂の方面に出ると思うよ」
真血流堕アナは、それは嬉しそうに首を縦に振る。
「流石、佐助先輩と腹羅針盤です。分かりました。参りましょう。お風呂へGOです」
数歩進んで囁かれた。
「BGMは、CHU・CHU・CHUがいいですか……?」
「冗談だろ、おい。たまには可愛いと思ってやれば」
この瞬間、照れ屋ではなくて、ぶりっこが誕生した。
「可愛いですって? 真血流堕がですか? きゃー!」
空気、空気だよ。さっきの俺の気持ち、分かるよね。真血流堕アナ。みかみんアナウンサーもきらきらだったよ。安心しな。あまりにも三神家で育ちがよくて、勘違いしたんだよな。男運はこれからいくらでも上がるよ。あんな榊原のボウヤを忘れられる旅にしような。
俺は、にまにまと思い出し笑いまでして、真血流堕アナをリードするように歩いていた。
「どうした? きゃーが静かになったなあ」
ぐるりと真後ろへ振り向く。
「え? いない!」
考え事をしている内にはぐれてしまったのか! しまった。
俺は、肝を冷やしながら辺りを見渡す。大きなチャペルは、もう見えない。どれ程、歩いてしまったのだ。ほんの少しだと思っていたが。
「ここだ! 俺はここにいるぞ! 真血流堕アナー!」
口に手を当てて叫ぶ。あらん限りの声で。
「真血流堕アナ! 真血流堕アナ!」
四方へ声を掛けても、返事がない。俺の周りでかさりと聞こえた。草だ。ぬかるんだ足元が、深い草地に変わっている。
「ここは、オナモミのあった草地だ。草丈があるから、見えなくなるまで沈んだら危険だ。真血流堕アナ! 真血流堕アナ!」
ん? オナモミの上にぎらぎらしたものがある。サメ柄パンプスだ。これ、大事に履いているのだな。真血流堕アナの痕跡に間違いがない。ここから、どうした。消える訳がないよな。
かささささ……。
オナモミの波が蛇がうねるように揺れる。人が近付いて来ているのではないか。
「誰だ!」
「マシロ=ダッチです」
俺は、胸を撫でおろした。だが、真血流堕アナではないことにはどうにもならない。
「ドクターマシロの方が隠密行動に相応しいのではないか? 忍者みたいだ。いや、そんなことではないな。肝心なのは、真血流堕アナだ」
「真血流堕殿は、今、門番の前におります」
「ははは。ナオちゃんの番台かい?」
いつの間に先に行ったんだ? お風呂に入りたかったのかな。微笑ましいなあ。
「そんな悠長なことではありません」
「ん? お風呂に先に着いたから来たのではないのか」
ドクターマシロが、きりりと身を引き締めている。
「真血流堕殿は、既にうつつにおりません。天国か地獄かのお裁きに向かいました」
「な……! 何で? 冗句はよしなさい」
全く信じられない。そんなこと。いくらパラダイスだからって。
「俺が探す。どうせ、オナモミをつけて遊んでいるんだろう」
口に手を当てて、こそっと呼び出す。
「真血流堕アナさん、でっておいで」
違う方も呼び掛けよう。
「真血流堕アナよ、佐助だよ」
もう、俺にちくちくオナモミがついても構わないので、踊り出した。
「まっちるっだアナさん、でっておいで。楽しいことが、沢山あるよ」
真血流堕アナの大好物、楽しいことでも現れないとは。俺は、たまらずに叫んだ。
「真血流堕アナー!」
◇◇◇
叫んでも仕方がないと分かり、冷静になって考えてみた。この島は所々、空間が歪んだところがあるらしいのは、ドクターマシロの基地でデータの解析を見て理解した。
「ドクターマシロ、そのお裁きをしているのは、うつつでないのは分かった。では、どうやったら、俺は、迎えに行けるのか?」
「佐助殿。人の世には、
にわかに信じがたいが、パラダイスもあることだ。天国も地獄もあるのだろう。俺って、研究職を目指していたのに、海洋冒険家になってから、ゆるくなったな。
「本当にそんな世界へ行ったのだな。よく分かったよ」
「怪我をしたウミガメさんを助けたら、自分と仲良くしてくれて、今回のことが分かりました」
浦島太郎ですか。
「真血流堕アナは、何かに巻き込まれたのか?」
「おそらくは、大体は分かっているのです。パワーダウンスポットの一つがこの迷いの林にあります。そこから吸い込まれた可能性が高いです」
ピピピ――。
ドクターマシロは、厳しい表情で、水色のうさうさウインドウを開いて調べている。
「エネルギーの値と座標から、見た者は少ない、幸せのチャペル跡地にあるようです」
「なんだって? 今、チャペルのような建物から来たのだ。幸せのチャペル跡地と言うのか。とにかく、もしかしたら、俺の方が迷子になってオナモミの草地へ出て来てしまったのかも知れない」
いつも怜悧なドクターマシロが顔色を変えた。
「分かりました。これは、佐助殿の問題ではなさそうです。自分達も集まってうつつではないチャペルへ進みましょう。傘が必要ですので、準備をしてから向かいましょう」
「傘が要るのか」
ドクターマシロが首肯すると、うさうさウインドウで通信をし始める。
「ああ、ユウキ=ホトくん。傘を七本欲しいのだが。うん、うん。最悪の事態ではないよ。これからナオちゃんのお風呂で集合したい」
「ええ、ええ。女神ヒナギクは、呼んでないですよ。それでは、通信を切りますよ」
うさうさウインドウを閉じようとしたら、聞き覚えのある声がした。
「勇者、佐助様がおいでなのですね! はい、CHU・CHU・CHU! ですよ」
頼んでいませんが。CHU・CHU・CHUを憎んで女神を憎まず。そして、うさうさウインドウは閉じられた。
「真血流堕アナ、無事かな」
俺は、妄想をしていた。誰かが白い部屋で横になっている。一歩二歩と近付いて行くと、そこには、堕ちた真血流堕アナがいた。天井に向かって見えないマイクを伸ばす。
「おつかれーしょん!」
無機質な声は、天国にいるとは思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます