十一羽 ルージュのみかみん
「佐助先輩、このもじゃもじゃの草地、何とかならないでしょうか?」
歩くと、足に深く絡みついてくる草地に出た。真血流堕アナなど、腰まで深く埋まっている。
「見たことのない草ばかりだな」
ふむ。どうやら、これは海ぶどうのような形の上、ゴムのように伸びたりしてより絡みやすくなっているのだろう。真血流堕アナも俺ももじゃもじゃの草で動けない。
「鎌がある訳でもなし。未知の植物をいじめて、生態系を狂わせてはならないよ。真血流堕アナは、足も細そうだ何とか抜けないか?」
「分かりました。足が細いって、嬉しいでっす」
真血流堕も必死だ。何度も試みている。
「うーん、うう……。や!」
サメ柄パンプスを残して、右足が抜けたが、勢いで真血流堕アナは頭からひっくり返ってしまった。
「うわー。オナモミに似たのが、ひっついて来ますよ。佐助先輩、こっちへ来られませんか?」
オナモミね。懐かしいな。俺の近所の空き地にひたすら生えていて、もぐり込んでは、あちらこちらにつけて帰ったっけ。
「今は無理だよ。もじゃもじゃの草から抜けたら行くから待ってな。髪の毛とか痛いのを先に取るといい」
「そうですね。やってみます」
真血流堕アナが、おとなしくオナモミと対戦していると思ったが、急に声を上げた。
「うわー、蛇! かと思ったら、つるだった」
「それは、助かったな。俺ももじゃもじゃの草から抜け出られそうだ。羊皮紙の靴を一回脱げばいいんだな。もったいないが」
足を抜く。それから、靴を拾う。何だ、それだけのことか。とにかく、オナモミもつかないし、成功したな。
「あら、いい靴をはいておいでだと思いました」
「灯台が島の西部にあるのだが、そこで、ミコ=ネザーランドさんに出会ったよ。別れ際にいただいた……。ミコさんは、お風呂には来られなくなったかも知れないが、優しいよ」
ミコさんのかげりのある面差しを思い出して、切ない気持ちになった。
五人で暮らしているこの島で、灯台にこもってしまうなんて、何かあるのだろうか。未来の瞳と言う神秘的な力が落ちてしまうにしても、皆で楽しくお風呂に入りに行かないとは。もしかして、ひきこもり? それは、こんな孤島では難しい問題だな。
俺や真血流堕アナは、色々とあった。けれども、それにめげない力がある。人は、ハイハイで好きなママのところへ寄って行けるようになってから、愛情を求め与えられることでバランスを取る自主的な行動ができるようになるのではないか。
「ナオちゃんのお風呂へ行ったら、ミコさんを誘ってみよう。ちょっと遠いけれども、島の西へ出かけようと。ミコさんの靴はとてもいいから、俺のと同じものでお出掛けするといいな」
「まあ、真血流堕は、サメ柄パンプスで、ディスコダンスですよ」
真血流堕アナは、明るいから、一役買ってくれるだろう。
「それから、ユウキくんの大樹様の上で、楽しくご飯を食べてもいいだろう」
ご飯か……。こちらへ来て、相当、カレーライスが食べたい。それも母上様のだよ。やっぱり甘ちゃんなのかな。
母上様の笑顔を思い浮かべて、迷いの林を行く。
◇◇◇
前略、母上様。
弘前は如何お過ごしでしょうか? こちらの島は常夏です。ジャングルまであり、驚きでした。雪かきにも参りませんで、申し訳ございません。今更ですが。
俺にもそう言う時期が中学や高校の時にありましたね。一人でいいとか思っていました。しかし、両親の庇護のもとにいたのが分かりました。
特待生になって、学費免除となり、アルバイトをして、交通費と定期券代を出しましたが、それ以外は、お世話になっていたと、こんなジャングルで振り返るものです。
……こんな時、父の顔は殆ど思い出せません。あまり会わなかったから、忘れてしまったのでしょうか。母上様の前髪ポイントパーマは忘れられないです。顔は、俺に似ているのでしょうか。母上様は若作りですから、俺も永遠の二十四歳でいけますか? ここは、笑ってください。
心が覚えているあの味のカレーライスを作れるようになりたいと思っています。
草々
◇◇◇
「きゃー。古いですけれども、ミコさんとの恋バナですか? 絶叫アナウンサー真血流堕が、インタビューしちゃうぞ」
オナモミマンが、がささっと立ち上がった。マイクを持った手つきが慣れている。
「真血流堕アナ、落ち着けって。騒いでもいいことないぞ。恋バナを聞きたかったら、十年早いよ」
「どうしてでしょう? 佐助先輩」
ここは、俺の気持ちを伝えておかなければな。結婚式には、真血流堕アナを呼びたいから……。呼びたいんだからな。
「恋が愛に変わるのを待てないからだよ。愛は、ゆっくりでいいんだ。振り返った時、ここまでは恋情だったのかと思う日が来る。そうしたら、インタビューしてくださいな。いつでも、スケジュール調整するさ」
耳を傾けた仔犬のようで、真血流堕アナって可愛いのだよな。
「そうなのですが、昨日から、実況を殆どしていなくて、手が、がたがたと震えるのです。アナウンスをしたくて仕方がないです。できれば、おつかれーしょんを叫びたいなと」
何かの病気だろか? 心配だな。
「いつもの『おつかれーしょん』の病ってありますか? 佐助先輩」
俺は、それについて言えば、普段から考えていた。だから、即答だよ。
「ああ、ほら、『おつかれーしょん』って言うことで、真血流堕アナ自身もヒーリングされているのかも知れないよ。
真血流堕アナ、キミとの想い出もたまってしまったな。
◇◇◇
――あれは、みかみんこと三神さんが女子アナブームにノリノリの頃だ。
大きなスクリーンにも我が家の小さなテレビにもまいたけテレビは映った。映し出されたのは、おなじみのさらさらミディアムヘアの三神さん。大きな気温計を持っている。
「お帰りの時間は、傘があった方がいいですね。それでは、ご一緒に、『おつかれーしょん! 今日もお疲れ様でした』。はい。皆様、ありがとうございます。
テレビで見る、三神さんが気になっていた。その頃は独り暮らしで、テレビにお守りをして貰っていたものだ。
真血流堕アナのことを深く知るまでは、三神さんと呼んでいた。でも、新宿近くの甘味処らーぶらぶへ書類を持って入ったら、二人ともメニューも見ずに、席につくなり頼んだんだ。
『白玉クリームあんみつね』
『白玉クリームあんみつ二つ』
ハーモニーも素晴らしかった。その後、給仕されたのは、白玉抜きのクリーム抜きのあんみつがやって来た。流石にこれはと思って、店員さんに説明をしたが、クレイマー扱いされて、何より三神さんが怒っていたよ。
『店員さんが変われば違うし、店を変えても同じかも知れないよ』
俺は、ちょっと励ますつもりだった。けれども、三神さんが。泣くんだもの。そんなに辛かったのか……。俺も配慮が足りなかったよ。
数日後には、けろりとして、ルージュを変えた
『三神さんは、黙っているとお人形さんのように可愛い。だから、狼には気を付けるんだよ』
『はい。おつかれーしょんでございます』
唇に指をそえ、テレビ局の廊下をそそと去って行った。
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