二羽 神官の御前じゃCHUはやめい

 真血流堕アナを求めて、さらっとした砂浜を行く。波が寄せて来る。俺は、素足だったものだから、潮にあたたかみを感じる。


 先を歩む女神ヒナギクが、ふりふりとやわらかなヒップを揺すっており、こりゃまた、ごちそうさまです。


「勇者、本城佐助様がお越しになるのをずっと待ち焦がれておりましたわ」


 勇者だか何だか知らないけれども、困った扱いだな。丁重なのはありがたいが。一つ、疑問がある。


「何故だ? 俺が来ることが何故わかったのだ。渦潮に難破させて、セイレーンのように美声で呼び込んだのか」


 女神ヒナギクは振り向いてぴたりと止まった。立ち止まると砂が足元を削って行く。二人の足元がまるで沼に入ったかのようにぬかるんで来る。


「三神真血流堕さんと仰るのかしら」


「ご名答」


 女神ヒナギクは、黙って沖合の方を向いた。俺も彼女の視線をなぞる。きらきらと輝く太陽が海をくゆらしてシルエットが浮かび上がる。


「ああ! 船がある。シンデレラ、どうして沖合にあるんだ」


「あそこに行くには、こちらからも船を出さなければなりませんの。しかし、船がないのです。何度もこのパラダイスから出ようと思っていたのですが」


 俺は少し違和感を覚えた。パラダイスなのに、荒れ狂う渦潮の世界へ飛び出して行きたいのか? 女神ヒナギクの愛らしい瞳にかげりが生まれる。


「俺のシンデレラは、俺が設計から携わった。船が欲しいのなら協力しないでもない」


「まあ!」


 女神ヒナギクのふわっふわツインテールが踊るので、俺は思わずだらしのない顔になりそうだった。心の武士はそのような顔をしないのだ。きりっ。


「それよりも、先ずは真血流堕アナに会わなければ」


「この島は小さいですから、もう直ぐですわ」


 ざっくざっくと熱い砂から逃れるように波打ち際を行く。腕時計も流されてしまい、時間の感覚はないが、俺の腹時計によると正午だ。いつもなら真血流堕アナとお魚定食を食べている時間だ。


 ……佐助先輩。


 ん? 俺の耳に届く囁きは、間違いなく真血流堕アナの声だ。どこだ。もう一度呼び掛けてくれ。


「真血流堕アナー。俺はここだぞー。シンデレラの近くの浜辺だ」


 俺の呼び声は潮の音に静かに消されて行った。ここで叫んでも届かないのかも知れない。先へ行こう。


 ◇◇◇


 間もなく、前方に霞見えて来た。


「あれか。灯台守でもいるのか」


「仰る通りです。階段を登ってみましょう」


 階段は、白い灯台の内壁をらせん状に伝って行った。女神ヒナギクのヒールがコツーンと響き、時折小石がぱらぱらと落ちる細い階段は、俺をもてあそんでいるようだ。最上階は、目の前だ。くぐる程の扉以外、何もない。


 素晴らしく晴れわたり、夜でもないのだから、ライトはなかった。手元を明るくするロウソクがちらちらとして、本をめくる音が止まる。


 小柄で、青みのある黒髪に前髪を切り揃えたまとめ髪の女性が、まつ毛の長いまぶたを伏したまま顔を上げた。ほそおもてで、鼻がぴんとしており、おちょぼ口の面差しがすーっとした印象を受ける。何より、額の朱印にぞっとする程吸い込まれた。


 美少女なんだが、ちょっと怒られそうな感じだな。ご尊顔、ごちそうさまです。


「勇者、本城佐助殿。どうやら、南の国でヒナギク=ホーランドロップ殿の祝福を受けて来たようじゃな」


「どうして分かった」


 ロウソク部屋の女性は、にわかに頬を染めてぱっと伝えた。


「頬にある」


 うおーがー。俺としたことが。しっとりとリップがついているではないか。CHU・CHU・CHUじゃないよー。


 俺には彼女がいるんだぞ。家に帰ればいるんだ。しかも、手も握っていないのに。何故、ふっさりツインテールに頬を奪われなければならないのだ。


 慌てて、リップを拭おうとしたが、流されたのか、おつかれーしょんハンカチもなかった。


「もう一度、うさうさフォーリンラブを差し上げてもよろしいかしら。今度こそですわ」


「や、止めー」


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


 どこから音楽流しているんだ。これは、何かの神秘的な力か? 女神ヒナギクが俺の肩にそっと頭を預ける。


 ダ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ。


 置いて来た彼女に知られたら、殺される。ああ、今度は東京湾に浮かぶだろうよ。俺はロクに泳げない。渦潮からよく助かったものだ。だから、東京湾だけは堪忍してよ。


 避けても、女神ヒナギクが迫って来るので、俺は、とうとう言ってしまった。


「あの……。俺、付き合っている人がいるので、本気でこういうのはよしましょう。彼女は、東京の俺達二人の部屋で待っていてくれるのです。俺の帰りをね」


「えええ? 残念Tシャツなのに、彼女がおいでなのですか?」


 このTシャツ、水色の小さなうさぎ柄なんだけど、やはり残念に見えるのか。可愛いのにっ。


「止めい、二人とも。神官のミコ=ネザーランドの前で、はしたないと思わないのか」


「ミコ様、ごめんなさい。もしかしたら、この島を出られるのかと思って、浮かれ過ぎました」


 本気で脱出を考えているのか。とにかく、東京かそこらにでも連れて行けば、どこへでも飛行機で帰れるだろう。造船は後で、今は、真血流堕アナについて伺うべきだ。


「あの、神官のミコさん。この灯台から、船のシンデレラが見えませんでしたか? 最近、俺も浜辺に上がったばかりなのです。仲間を探しています」


「皆まで言うでない。三神真血流堕殿のことじゃな」


 ドンピシャだ。ミコ=ネザーランドさんが神官と名乗っていたのも納得できる。ずっと伏し目がちで、思案しているように感じられた。不思議な雰囲気をまとっているからな。


「ドワーフ、ネザーランドドワーフよ。ミコに力を与え給う。三神真血流堕の魂を灯台に投影し給え。はあああああ、は!」


 ミコさんは、巫女さんなのだろうか? 神がかりなオーラを手元の本を開いて外の世界へ放った。きらきらと黄色いオーラが次第に赤らみ紫になって行った。ぼーっと魅了されたな。


 だからと言って、俺は、こんな昼間から灯台の灯りがどうにかなるなんて思わなかった。儀式は眉唾物に見えた。


 ところが、眩しいばかり光の中にお団子ぺったんの姿が浮かび上がり、俺の懐疑心なんてどこかへ飛んだよ。


 ……しゃしゅけ先輩。真血流堕です。お腹が空いています。


「そうだな。俺もお腹が空いている。いや、問題はそこではない。それで、真血流堕アナはどこにいるんだ!」


 ……ごはんの美味しいところです。らりほー。


「余裕でらりほーするなよ。毒キノコでも食べたのか?」


 ……らいじょうぶれえす。


「本城佐助殿。三神真血流堕殿の居場所が分かったのじゃ」


「どこだ。本当に、真血流堕アナが倒れていたら、大変だ」


 あの元気だけが売りの真血流堕アナが命を落すとも思えない。きっと夢の中で毒キノコ定食でも食べているのだろう。早く助けなければ。俺が海へ連れ出したようなものだ。責任は俺にある。


「ここから、少し北寄りの中央に大樹たいじゅ様がおられる。そこを訪ねるがいい」


 灯台を降りて、海の方を振り返った。


 ……おちゅかれーしょん!


 こんな時にでも、キメ台詞を忘れない真血流堕アナの根性が好きだっ。ちょっと笑えたしな。


 え? 俺って、真血流堕アナに仲間以外の気持ちがあったっけ? どちらかと言うと、アナウンサー仲間だと思っていたが。いやいや、長い船旅で、感じ方も変わったのだろうよ。


「おつかれーしょん!」


 俺も何気なく呟いていた。無事でいてくれ。

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