第5話
黒塗りの高級車ことセンチュリーへ事情を聞く前に、まず俺の荷台部分に載ってもらった。声で指示したらすんなりと言うことを聞いてくれたので、俺と彼女? は会話が可能だと見て相違無さそうだった。
その場を離れ、近くにあったホームセンターの駐車場に停まった。幸いなことにスペースにも余裕があり、デコトラを駐車するのも問題なかった。
センチュリーを荷台から降ろす。これでようやく、落ち着いて話が出来そうだ。心で念ずると声が届くようなので、話しかけてみる。
『あのさ。お嬢ちゃん、でいいのかな?』
『わたし、蜜柑って言います。八歳だよ!』
年齢一桁のガチ幼女だよ。見た目はヤクザ車なのに!
『お兄ちゃんも、わたしと同じで死んじゃった人?』
『あ、ああ。蜜柑ちゃんも、トラックに轢かれたのか?』
『んーん、違うよ。わたし、おそとにあんまり出られなかったから、クルマとぶつかるほうが難しいかなあ』
違うのか? まあ、八歳にしてこの世を儚んでトラックに突撃するってのは考えにくいか……。
『病気で死んじゃったの、わたし』
言葉を、失った。まだ八歳の女の子が、病気で? しかし、その割には悲壮感が薄い。幼いがゆえに、死の実感が薄いのだろうか?
『わたしがこうなったのはね。女神様のおかげなの』
『女神っていうと、あの見た目が綺麗なだけの諸悪の根元のことか?』
『悪い人かは知らないけど、すっごく綺麗だったね~! その人が、お願いを叶えてくれたんだ』
どうやら俺とは事情が異なるようだ。蜜柑ちゃんから詳しく話を聞いてみよう。
「てんせい?」
「そう。あなたの来世……次の人生ですね。そのご希望を、お伺いします」
「次なんてどうでもいいよ! そんなのより、お父さんと話がしたい! わたし、まだ言えなかったことが……」
「残念ながら、それを認めることはできません。自然死した人間を復活させることは、この世界の秩序に関わりますので。ご自身が亡くなられたという事実、受け入れがたいとは思いますが」
「そっか。わたし、本当に死んじゃったんだね……」
「ええ。しかし、あなたのように幼い子が亡くなるなど、不憫極まります。ですので、転生先は出来る限り希望に沿ったものにしますゆえ。それに何でしたら、今とは違う別の身体で転生することだってできるんですよ」
「別の身体?」
「ええ。あなたは生前、病に苦しんだと聞いております。ですので、来世では病気知らずの頑強な身体に転生することもできるのですよ」
「来世ってよく分かんないから、お任せで」
「ではこちらで見繕っておきますね。あとはどのように? そうだ、お金持ちってのはどうです? 無いよりはあるに越したことはないですよ」
「じゃあそれでいいよー」
「あと、日本人か外国人か異世界人か、選ぶとしたらどっちがいいですか?」
「日本人かなあ」
「好きな食べ物は?」
「海苔の佃煮」
「なるほどなるほど。お金持ちで日本生まれ、真っ黒な……。ああ、ちょうどそれに当てはまるものがありました。あなたにも縁のあるものですね。とはいえこんなモノに転生するだなんて流石にああああっ!?」
「ああああっ?」
「……ご希望は、確かに承りました。来世でのゴケントウヲ、オイノリシテイマス」」
……こうして、女神の明らかな転生ミスにより蜜柑ちゃんは黒塗りの高級車の姿となったそうだ。あのクソ女神、さっさと解雇されて大物YouTuber(笑)くらいにまで身を落とせばいいのに。
ただ、彼女は俺と違ってクルマに転生したことをむしろ喜んでいるようだった。
『この車、お父さんが使ってたのと同じだから嬉しいな!』
そういやそのクルマ、生前に縁があったとか言ってたな。蜜柑ちゃんのお父さんはどこぞの企業の重役でも勤めていたんだろうか。『そうじゃない場合』だったらちょっとビビってしまうが。
『それにこの身体、どこへでもずんずん行けるし便利便利だよね。来世なんてどうでもいいと思ってたけど、生まれ変わって良かったかも!』
『そりゃ、人間の身体と比べりゃ馬力もあるけどさ……。蜜柑ちゃん、話聞いた感じだと女神とのやり取りもすっげえ適当だったし。変わってるよな。どうせならもっと、違う生き方を望むのが普通だろ? こことは違う世界へ行ってさ、こう……なんつーの? 例えば、世界滅亡の危機を救っちゃう勇者になるとか』
『わたし、そういうの興味ないもん』
女子小学生だと、そういうもんなのかね……。
『お兄ちゃんも、わたしと同じで身体が弱かったの?』
『え? ああ……俺は……』
思わず、言葉を濁してしまった。小さな女の子を相手に「都市伝説を信じて無人のトラックに自ら飛び込んだんだよ」なんて、恥ずかしくって言えやしねえ。
それに、自殺に対して向こうは病死だ。俺と蜜柑ちゃんは……。比較するのも申し訳ないくらいに、違いすぎる。
黙っていると、蜜柑ちゃんは『そっか、お兄ちゃんも入院とかしてたんだよね』と言ってきた。どうやら、俺の言葉を同意だと判断したらしい。
わざわざ否定する気にもなれず、話を聞き続けた。
蜜柑ちゃんの、生きた日々のことを。
あのね。
わたしは、五歳のときからずっと、病院にいたの。
病気の名前や症状は、わたしも詳しくは知らないんだ。でも、ぜったいに治ることは無いっていうのだけは知ってた。
入院してるとね、たまに検査があるんだ。それもたいてい、辛かったり、苦しかったりする。でも、検査の結果がいいときは、お父さんが喜ぶんだ。
わたしも、うれしかった。お父さんが、笑ってくれると。
でも、それだけだった。
わたしができたことは、それだけ。
本当なら、お父さんには学校の表彰状とかで喜んでくれないとおかしいっていうのにね。
わたしが覚えていることといったら、消毒液の臭いと、お父さんが毎日差し替えてくれるお花の香りくらい。
私はずっとからっぽだった。
毎日毎日、どうにか生き続けているだけ。
死んでないだけで、本当に生きているとは、とても言えないんだなあって。わたし、気づいちゃったの。
そうしたら、検査の結果もどんどん悪くなっていった。お父さんも、笑ってはくれるけど表情に影があった。分かるよ、わたしにだって。賢い子じゃないけど、それくらいはね。
だから、もう終わりにしたかった。
神様に祈ったつもりはなかったけど、でも「終わり」は思ってたよりもずっと早くに訪れた。
わたしは、月に一回だけおそとに出てもいいよって言われるの。そしたらお父さんにねだってドライブをお願いするんだ。その日も、きれいな海沿いの道を目指して車を走らせてくれたんだよ。
助手席に座っていたわたしは、青い海をながめていたら眠くなった。そのまますっと目を閉じたら、身体が軽くなって。……わたしは、死んじゃったんだ。
痛くも、苦しくもなかった。
お父さんとは、何もお別れの言葉も言えなくって、それだけが辛かったけれど。
でも、これでわたしもお父さんも……きっと自由になれるんだなあって。思ったんだ。
蜜柑ちゃんの人生は、俺にとって未知の世界だった。
家族に心から愛されて、そして死を悼まれる人間は、そう多くないだろう。不幸にも若くしてこの世を去った彼女も、その点だけは誇りに思っていいに違いない。
『わたしは結局、お父さんに何もしてあげることができなかった。それはちょっと後悔してるけどね』
いや、それは違うんじゃないのか。お父さんは、蜜柑ちゃんからたくさんの思い出をもらっているはずだから……。
『あ。でもこの身体だったら! お父さんに会えるよね! なんでか分かんないけど、今のわたしの頭の中には、日本地図がまるごと入ってるみたいな感じするもん! ここからなら、ちょっとクルマを走らせればお父さんの仕事場まで行けそうなんだ!』
俺もデコトラに転生してからは、交通ルールのみならず日本中あらゆる場所の地理感が頭に入っている。それは彼女も同じだろう。なので行き先さえ決まれば、どこへでも行けはするだろうが……。
まさか、蜜柑ちゃんはこの姿のまま、お父さんに会いに行くつもりか?
『行ったところで、こんな身体じゃあお父さんとは話もできないんだぞ』
『いいよ。お父さんを遠くから見るだけでじゅうぶん』
場所は知ってるみたいだが、蜜柑ちゃんは無事にたどり着けるのか? 心配だな……。
せっかくだ。乗りかかった船だし、付き合ってあげるか。こんな俺でも、居ないよりはマシだろう。
『蜜柑ちゃん。俺も同行していいか?』
『もちろん! それじゃ、出発しんこーう! 行き先は、谷岡組でーっす!』
『谷岡組……。谷岡組?』
ちょっと前に聞いたような……。それも、聞くもおぞましい何かを。それに、蜜柑ちゃんはお父さんが愛用していたという黒塗りの高級車の姿をしている。
いやいや、まさかだよな。そんなまさか!
まさか、ねえ……。
『カチコミかぁわりゃあああ!?』
スキンヘッドで強面のお兄さんが、全身に血管を浮かび上がらせながらお出迎えしてくれた。
はい確定。蜜柑ちゃんはヤクザ屋さんのおうちの子でした! あと俺が死んでなかったら、ここの組のガチホモヤクザにケツ穴を掘られてたことになります! もう帰っていいですか!?
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