第6話・Confesion(告白)
「……これが、勇気の出る薬?」
緊張した面持ちで差し出されたグラスを受け取ったティオに、ウェルチは曖昧な笑みを浮かべる。
「……ウェルチ?」
ウェルチの様子がいつもと違うことに気が付いたのか、ティオは視線をグラスからウェルチに移した。
「わたし、ティオさんに謝らないといけません。……その液体は、確かに祖母が領主様にお渡ししたものと同じものです。でも……勇気の出る薬ではありません。最初にも言いましたが、そんな薬、存在しないんですよ」
ティオは数度瞬いて、ウェルチとグラスを交互に見る。
「え? ごめん、意味が分からない。どういうこと? じゃあ、今渡してくれたこれは一体なんなんだい?」
「匂い、嗅いでもらえますか?」
「う、うん。……バラと、アルコールの香り……?」
グラスに顔を近づけたティオの呟きに、ウェルチはこくりと頷いた。
「はい。バラの花びらで香りづけしたハーブ酒です。……祖母は領主様にお酒を渡したんですよ」
この世に魔法なんてない。確かに、鎮静剤や精神清涼剤など心に働きかける薬は存在する。けれど、勇気というのは、心を落ち着かせるようなそれらの薬とは、また別のものだ。勇気という気持ちだけを引き出すような薬なんてものはないのだ。
そこで、祖母が渡したのがこのお酒だった。他のハーブ酒よりアルコール度数が高く、バラの香り高い酒。
本来バラの香りは心を落ち着かせる効果があるのだが、想いを告げようと意気込んでいた領主は、その香りでバラの花束によるプロポーズを決意したらしい。
酒を一気にあおると、そのままバラの花束を購入し、プロポーズに向かったのだ。
バラの花束を掲げつつの愛の詩を詠うなどという、領主の人柄を思えばあり得ないと思えるほど大胆なプロポーズ。そこに酒の勢いがまったくなかったかと問われれば、ウェルチに否定出来る要素はない。
「……勇気の出る薬なんて、ないんです。それなのに試すようなことをして、迷惑をかけて……本当に、ごめんなさい」
そう言って頭を下げてから、ウェルチはティオと視線を合わせた。酒の事実が衝撃的だったのか、ティオはグラスを持ったままぽかんとウェルチを見ている。
「でも、ティオさん。あなたはひとりでここまで来て、森の奥まで一緒に行ってくれました。倒れたわたしを見捨てることなく、ここまで連れ帰ってくれました。……それは勇気がなくては出来ないことだと、わたしは思います。だから、ティオさんには勇気の出る薬なんていらないはずです。……ティオさんなら、大丈夫。大丈夫ですよ」
そう言ってウェルチは微笑む。ティオが小さく息を呑んだ。
「……ウェルチ、ありがとう。君にそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ。……でも、僕……」
何かを言いかけてティオは口をつぐむ。そうしてしばらく黙り込んでいたティオの表情が何かを決意したものになった。
そして、次にティオが取った行動は、ウェルチが予想もしないものだった。
グラスに注がれていたハーブ酒をぐいっと一気に飲み干したのだ。
「ティオさん!?」
「――……!!」
ティオが小さくむせる。無理もない。この酒のアルコール度数はそれなりに高いのだ。
「なななな何してるんですか!? だ、大丈夫ですか!?」
「ウェルチ」
グラスを手近なテーブルにことりと置いてティオがウェルチを見つめてくる。その頬が仄かに赤い。
こんなすぐに顔に出るくらいだから、ティオはお酒に強くないのだろう。水を持って来た方がいいだろうかと思うのだが、その場に縫いとめられたように動けない。
原因は分かっている。見つめてくるティオの瞳が思いのほか真剣なせいだ。
「ティオさん、あの……」
「僕が好きなのはウェルチだよ」
沈黙に耐えきれなくて口を開いたウェルチの言葉を、ティオの言葉が遮った。
「……はい?」
何か聞き間違えたかと瞬くウェルチに、ティオはもう一度好きだよ、と言った。
「ウェルチの事が、好きなんだ……。だから、僕とずっと一緒にいてほしいって言おうと思って、でもいざ目の前にしたら言えなくて……。そしたら、とーさんの話を思い出したんだ。それで気付いたら、勇気の出る薬が欲しいなんて、言っちゃって……」
呆然とするウェルチに、ティオはそう言って淡く苦笑する。
「……ちょっと情けないけど……。でも、気持ちは本当だよ。……君のことが、すきなんだ……」
少しだけ怪しい呂律で、けれどはっきりとそう言うと、ティオは今度はふわりと優しい笑みを浮かべた。そして、そのままふらふらと先程までウェルチが寝ていたベッドに倒れ込み、安らかな寝息をたてはじめる。
「……え?」
ティオの言動と行動のすべてについていけなくて、ウェルチはぼんやりとまばたきを繰り返した。
ティオの何だか幸せそうな寝顔を見つめているうちに、思考が少しずつ戻ってくる。
「……ええ?」
そうして、ゆるゆるとティオの言葉の意味を理解したウェルチは、大きく目を見開いた。
「えええええ!?」
ウェルチは自分の頬に手を当てる。鏡を見れば、きっと今の自分の顔は赤いのだろう。熱のせいではない頬の熱さと速まる鼓動に戸惑う。
好きだなんていわれても困る。けれど、困っているはずなのに心が浮き足立つのはなぜだろう。
自分がどうしたいのか、どうすればいいのか分からない。どうにもそわそわして落ち着かない。
「ど、どうしよう……」
小さな家にウェルチの困惑した声だけが響く。
自分の中に咲きかけた感情の名を、ウェルチはまだ知らない。
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