Big Girls Don't Cry その③
日がもう少し上った頃、クロウとジョージの親子は町へ買い物に出かけていた。
荷馬車をジョージが運転し、その隣にクロウが、荷車にはウィルマが乗っていた。
「八百屋さ~ん、こんにちは~。いいお天気ですね~」
ウィルマは荷車から飛び降りて、抱きつかんばかりの勢いで八百屋の下へ駆けて行った。
「おやウィルマ、今日も元気だねぇ」
八百屋はウィルマの頭をなでる。
「へへへ~、ねぇ八百屋さん、今日は何がおすすめなのっ?」
「お、良い質問だねぇ」
男は隣にある箱に手を伸ばし、土まみれのものを取り出した。
「それなぁに?」
「たまねぎだよ。収穫されたばっかりの奴。しっかり身が詰まってるからねぁ、焼いても煮てもうまいぞぉ」
「わぁすごい」
目をくりくりさせてウィルマは驚く。
「ねぇ、二つ買うから少し安くして?」
「え~?」
「お願い、今日はお客様が来てるの。だからぁ……」
ウィルマは両手を合わせてアーモンド色の瞳をうるませる。
「ウィルマちゃんには負けるよぉ」
八百屋はウィルマの持っている布の袋に玉ねぎを二つ入れる。
「いつも親父さんの手伝いしてて感心だから、今日はサービスしちゃおうかなっ」
そして小ぶりのジャガイモを三つ袋に入れた。
「わぁありがとうっ」
ウィルマはにっこりと笑顔を向けて首を傾けた。
その後もウィルマが街を行くと、街の住人たちは「ウィルマ~」「こんにちは~」「今日も可愛いねぇ」と言う者や、「うちの娘になっとくれよぉ」と冗談を言ってくる年配の女性もいた。
街から家へと引き返す途中、立ち寄った農家でジョージは鶏を売ってくれるように頼んだ。その家の子供がウィルマと年齢が近かったので、ウィルマが「少しお話してきても良い?」と言って、家の中に入っていく。
ジョージとクロウが馬車で待っていると、その家の農夫がしめた鶏を持ってきた。赤茶けた髭とスキンヘッドの中年男だった。
「よぉジョージ、お客さんかい?」
と、農夫はクロウをうかがうように見ながら言った。
「ありがとう、フィーゴさん」ジョージは鶏を袋に詰めつつ言う。「親せきの女性だよ。遠路はるばるきてくれたんだ」
「ふ~ん。……バーバラがらみかい?」
「え? いや、そうじゃ……なくって……。」
ジョージの様子にクロウは異変を感じたが、表情には出さなかった。
「山を越えたにいるって話を聞いたよ。まぁ死んでなかっただけでも良かったが……知ってたのかい」
「……一応」
「なぜ迎えに行かないんだ?」
「……それは……その……。」
「ぶん殴ってでも連れ戻せばよかろう」
フィーゴはめんどくさそうに言う。
「それはちょっと……。」
ジョージは苦々しく笑った。
フィーゴはウィルマのいる家の方を見て言う。
「ウィルマはまだ小さい、お前さんだけで娘を育て上げるなんて無理な話だろう。外で働いて子育てもやるのか? そんなにお前さん器用だったかね? 家事だって、あの子に任せっきりらしいな?」
「……。」
「みんな気にかけとるんだよ。ウィルマが晴れたように元気なのは良いが、お前さんの顔ときたらいつも曇ってる。雲が太陽を覆わないか心配なんだよ」
「……バーバラを信じて待ってます」
「自分から行動せんと事態は動かんぞぉ」
フィーゴは険しい表情で首をふる。
「おとうさ~ん」
そこへウィルマが戻ってきた。
「おお、ウィルマ」
「ありがとうフィーゴさんっ、鶏を“きゅっ”てやってくれたのよねっ」
「ああ、うちで一番元気な鶏だったから、ちょいと手こずったがね」
ウィルマは「えぇ!?」と口に手をあてて驚く。
「大丈夫? 怪我とかしなかった?」
「おいおい、元気っつっても鶏だよぉ? それに、俺がその気になりゃ豚だって素手でしめられるさぁ」
フィーゴはそう言って力こぶを作った。平均的な成人男性の力こぶだった。
「すごぉい、さわらせてぇっ」
フィーゴは体を屈める。そのせいで、いよいよ力こぶの山はなだらかになっていた。しかし、そんな力こぶでも、ウィルマは「すごぉい、かっちかち~」と喜んで触っていた。
「ははは~そうだろそうだろ~」
赤ひげスキンヘッドの男は上機嫌になっていた。
ウィルマが馬車に乗ると、ジョージは馬車を走らせた。ウィルマはフィーゴが見えなくなるまで上半身全部を使って手をふり続けていた。
ジョージはクロウを見る。クロウも視線に気づいてジョージを見た。ジョージは気まずそうに微笑んだ。クロウは口角を少し上げて、肩を小さくすくめて見せた。
夕暮れ時、ジョージの家の食卓にはクロウが作った鶏と玉ねぎとジャガイモでシチューが並んでいた。余った部位はさらにさばいて、オイルと塩コショウ、陽が落ちる前に見つけた野草と一緒に炒めて一品を追加する。
「わぁ、おごちそうだ~」
ウィルマはぴょんぴょん跳ねながらクロウの並べる料理を見ていた。
「すみません、客人にこんなことを……。」
ジョージが言った。
「命の恩人にこれくらいはあたりま……」
そう言いながら、そうそうにこの家を去ろうとしたことをクロウは思い出してばつが悪い気がしてしまっていた。そんなクロウに気づいて、ジョージは小さく笑った。娘と違って元気のない笑い方だが、人を穏やかにさせる笑顔だった。
「ねぇ、もしかしてクロウってこの前助けた小鳥さんだったりする?」
クロウは黄金のネコ目を開いた。
「ちょ、ウィルマ、何を言ってるんだい?」
「もしかしたら、小鳥さんが恩返しに来てくれたのかなぁってっ」
「す、すいません、空想が好きな子で……。」
「かまわないよ、私がこの子くらいの頃は、しょっちゅう空想して遊んだりしたもんさ」
「まぁ、子どもの頃はみんなそんなものかもしれないですね」
ジョージは言った。
「じゃあ、大人になった今は何をやって遊んでるの?」
「空想して遊んだりしてるんだよ」
ウィルマとジョージは顔を見合わせた。
「さて、食べよう」
クロウはテーブルに着いた。
食べ始めようとするクロウにウィルマは「ちょっと待って」と言った。
「なんだい?」
「お祈りしなきゃ」
そう言って、ウィルマは手を組んだ。
「……お行儀が良いんだな」
クロウはジョージを見て苦笑した。
「目を閉じて。……神様、今日はわたしといつもがんばってるお父さんの家に、素敵な天使のおねえさんを連れてきていただいたんですね。わたし知らなかった、天使様ってちょっと肌と髪が黒いなんて。教会の絵と全然違うのね」
クロウは少し驚いて祈るウィルマを見てからジョージを見る。父は苦笑して愛おしそうに娘を見る。
「じゃ、食べましょっ」
祈りを終えたウィルマはにっこりとして言った。
「ああ、数秒待たされた分、スパイスが効いてそうだ」
クロウは言った。
ウィルマはシチューをひとさじすくって口に入れるなり「おいし~」と目をうるませた。
ジョージも「うん」と感心したように相づちを打って口を動かす。
「そういう反応を頂けるなら、作った甲斐があったというものだ」
親子はクロウが用意した一品一品を口に入れながら顔を見合わせる。
「ねぇ、クロウは本当に魔法使いとかじゃないの?」
鶏のオイル炒めを頬張りながらウィルマが言う。
「どうだったかね、長生きしすぎてもう分らない。もしかしたらそういうところで修行してた気もするが……。」
「やっぱり……。」
くりくりとしてまっすぐなアーモンド色の瞳が、ウィルマの気持ちを冗談なのか本気なのか分かりにくくする。少なくとも、とても意識的にふる舞う子なのだなとクロウは思った。
夜が深まると、次にクロウはほつれた衣類の補修を始めた。機械のように正確に針と糸を使うクロウの様子を、ウィルマは飽きることなく見ていたが、やがてその動きに催眠作用があったかのように、少女はこくりこくりと舟をこぎ始めた。
「……針を持ってるそばで、それは危ないな」
クロウはウィルマを抱きかかえると、寝室に運んでいった。ベッドに寝かせようとすると、本当は意識があったのか、ウィルマはクロウの体から離れようとしなかった。クロウは少しウィルマに添い寝し、そしてより彼女の寝息が深まったのを見て取ると、そっとベッドから立ち上がった。
寝室から戻ると、居間ではジョージが申し訳なさそうに椅子に座ってクロウを待っていた。
「すいません、なにからなにまで……。」
「気にする必要はないと言ってるだろう。命の恩人なのだから」
クロウは部屋のもう一つのドアを見ると「あっちは夫婦の寝室かい?」と訊ねた。
「あ、ああ、そうだよ」
ジョージは外を見る。外はもう真っ暗だった。
「そうだね、それそろぼくたちも寝る準備を始めないと。ぼくはここで寝るから……。」
「いや、私はもうちょっと動きたいんだ」
そう言って、クロウは夫婦の寝室のドアを開けて手招きをした。
「……え?」
ジョージは黒曜石のような真っ黒な瞳を見開いた。
「勘違いしてくれるなよ?」
クロウは悪戯をする子供の様に笑った。
その後、夫婦の寝室のベッドの上で、クロウはジョージをうつ伏せに寝かせてマッサージを始めた。
「う……く……。」
クロウの指圧を受けながら、ジョージは
「今朝お前さんの体を見た時、ずいぶんと歪んでると思ってね……。」
「ひとめでそこまで……。」
「木こりだけじゃないね、この歪み方は」
「あ、ああ……木を切らない日は石切り場で働いてる」
「石切りか……過酷な仕事だな……。」
石山で資材の石を切り、そして運び出していく仕事だった。馬や牛では歩けないような険しい山道なので、すべてが人力で行われる仕事だった。
「うん……今のうちにいっぱい働いて、将来ウィルマがどんな形でも困らないようにしたいんだ……。」
「立派な親父さんだ。娘さんも気持ちに応えようとしてる」
「……。」
「だが、少しあの子は無理をしてる気がするね」
クロウはお前さんは体に無理をかけてるがね、と言って強めに指を押した。
「うぅっ」
「少し我慢してくれ。ほっといたら歪みが大変なことになりそうな体なんだから」
「あ、ああ……。くぅっ」
ジョージは大きく呼吸をして脱力をはかる。
「う……むぅ……。」
そうとう体をいじめてるなとクロウは思った。ジョージの背中の肩甲骨の間に、クロウは両の掌をそえる。
「力を抜け、息を吐くんだ……。」
「あ、ああ、分かったよ……。」
ジョージはしゅうっと息を吐いた。
「ふんっ」
クロウは両の掌を押し付けた。ジョージの背中がメリメリっと痛々しい音を立てる。
「ふぐぅっ」
クロウはジョージの背中から降りて言った。
「……よし。起き上がってみてくれ」
ジョージは体を起こす。そして自分の体の軽さを感じながら「あ~」と、うっとりしたような顔をした。
「……ん?」
クロウは寝室のドアを見る。
「どうしたんだい?」
クロウはそっと近づくと、勢いよくドアを開けた。そこにはウィルマが立っていた。
「……あ」
ウィルマが言った。
「ウィルマ……起きたのか」
クロウは言った。さすがにジョージが声を上げ過ぎていたかもしれない。
「えっと、あのぉ……。」
ウィルマは顔を真っ赤にしてもじもじしていた。
「あ~と……。」
クロウはあらぬ誤解を受けてると思い気まずそうにジョージを見る。ジョージの上半身は裸だったのだから。
「お嬢さん、これはその……何というか、お前さんが思ってるのとは違うというか、いやそもそもどう思ってるのかということにもなるんだが……。」
「だ、大丈夫だよ、わたし知ってるから。大人の男女はそういうことするってっ。あの……その……愛し合ってたら悪い事じゃないってシスター言ってたしっ」
ウィルマは理解のある事を言おうとしているが、完全に誤解をしていた。
「違うよ……。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます