魔王ですけど?現代日本に転生したんですけど?
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第1話 勇者に負けたんですけど?
人里をはるか遠く離れた場所。瘴気が渦巻き、人外が蔓延り、死が辺りを満たしていた。魔族たちの死体が、至るところに転がっていた。恐ろしい形相を顔に張り付かせ、死体たちはめいめいの武器を握りしめて絶命していた。だが、ここにいるのは死体ばかりではない。この死の城にふさわしくない、人間が数人、そして、死と、この世の魔をつかさどる城の主が激しい剣戟を交わしていた。
城の主は、二人の人間に囲まれて戦っていた。一人は鎧を着た男。もう一人は軽装備をまとい、金属で出来た攻防一体の小手を身に着けた女性。大剣を担ぎ、鎧に身を包んだ男が、獣のような雄叫びをあげ、城の主に斬りかかる。鋭い金属音が鳴り響き、城の主は一歩後退する。城の主の剣は先ほどの激しい斬撃を受け止め、刃こぼれひとつしていない。
「やるではないか」主は鎧の男に語りかける。
「そりゃ、どうもっ!」男はその言葉に応えると、さらに剣を繰り出した。城の主はそれをいなしながら、刹那の隙をついて切り返す。鎧の男の首筋に赤く線がはしり、血が流れだしていた。男は思った。
(一見、手数で押しているように見えるが、勝てる気がしねぇ…今の一撃もほとんど見えなかった。何かヤバいと思って避けなければ、間違いなく俺は死んでいた。)
男の背筋を冷たい汗が伝った。全力での攻撃を繰り出し続けていたが、城の主は涼しい顔でそれを受け流していた。軽装備の女性は城の主の死角を突きながら拳を放つが、まるで後ろに眼でもついているかのように避けられてしまう。彼女が繰り出す拳や蹴りは、それぞれ必殺の威力を持っていたが、常人では見切ることもできないそれらの攻撃も軽々といなされてしまっている。
「二人とも、離れてっ!」それを合図に、城の主を釘づけにしていた二人が飛びのく。声のした方向には、神々しい衣装に身を包んだ女性が宝石の装飾があしらわれた杖を携えて立っていた。高く掲げた右手の上には、膨大な魔力が込められた、巨大な火球が唸りを上げていた。
「いっ、けえええええええ」彼女が火球を投げつけ、そして城の主は爆音と共に劫火に呑まれた。
炎の勢いが少し収まりはじめた頃、その中にゆらめく人影。
「この威力、ただの火魔法ではないな」
いまだ激しく燃える炎の中から声がした。
「う、そ・・・」
火球を放った女は茫然とした。ありえない。直撃したはずだ。生きているはずがない。
「火と風、そして光の混合魔法か」これだから人間は面白い、と炎の中の人影は呟いた。炎の中を、悠然と歩く、城の主。彼は片手に魔力を込めて思案する。
「ふむ、こんな感じか」それは先ほど女性から放たれた火球とは似ても似つかないものだった。それは紫の炎。手のひらを少し超える程度の大きさだったが、禍々しく、不吉を孕んだ気配が辺りを塗り替えていく。
「これは面白いものを見せてもらった礼だ」城の主は、紫の火球を、先ほど魔法を放った女性にゆっくりと投げてよこした。鎧の男がそれを剣で切り落とそうとした。
「ダメ、避けて!!!」ほとんど悲鳴にも近い叫びが、鎧の男の命を救った。火球が地面に落ちた瞬間、凝縮されていた魔力が解放され、轟音を響かせて大きな火柱が立ちのぼっていた。
「これが・・・魔王」
魔法使いの女は、後ずさって地面に尻餅をつきながら、震える唇でつぶやいた。その顔には恐怖が張り付いていた。
すらり、と、剣を抜く音がした。
絶望的なこの状況で、一人の女が歩み出た。
「待っていたぞ」魔王が語る。
「ボクもだよ」彼女は答える。
魔王が剣を構えると、空気が張り詰め、ほとんど息ができないような緊張がその場を支配した。数瞬の間にらみ合い、魔王が勇者に斬りかかった。それが、この戦いの最終局面の幕開けだった。
魔王が突き、彼女が斬り、それはまるで命のやり取りというよりは、舞いを踊っているようだった。洗練された流れるような動き、その中に無数にちりばめられている、虚実織り交ぜられた駆け引き。その場にいた誰もが、自分を忘れて魅入っていた。そして、剣戟はさらに激しさを増していった。
(本当に、何千年ぶりだろうか。満たされなかった。退屈と、虚無感が永遠に続く世界。もう二度と、自分の前に現れる者などいないと思っていた。この時を、この時をいつまでも待ち望んでいた。いつまでも、こうしていたい・・・。)
互角の戦いであったが、変化が生じ始めた。女の動きが少しずつ速くなっていった。それは少しずつ魔王の動きを縛っていき、やがて、彼女の剣が、魔王の胸を貫いた。
「これが、勇者・・・」魔王は大量の血を吐きながら、言葉を絞り出した。魔王は膝をつき、その足元には血だまりができ始めていた。魔王を打ち破った勇者が、それを見下ろしていた。勇者を見あげて、魔王が力なく笑う。
「逃げるといい。じきにここは崩れる」自分の中の魔力が暴走し、やがてそれは大爆発を引き起こす。魔王にはそれが分かっていた。勇者の仲間たちは、この玉座の間から離れようと行動を起こした。魔王の体を暴走した魔力が駆け巡り、少しずつ白く輝き始めた。勇者は魔王を見下ろしたまま、そこを離れようとしない。
「おい、何してるんだ、早く逃げるぞ!」鎧の男が叫ぶ。
「ごめん、ボク、みんなとは一緒に行けないよ」勇者が、仲間たちに背を向けたまま答えた。
「なっ」
魔王は、朦朧とする意識の中で、勇者を見つめていた。
(ありがとう、永遠に続く、この退屈な牢獄から救ってくれて。ありがとう、この世界まで会いにきてくれて。そして・・・)
ありがとう、勇―――――
そして、あたりは光に包まれた。
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