第27話 雇われ冒険者は遭遇する

「うぅ……さむっ」

「ティル、大丈夫?」

「なんとか。しっかし、突然こんなに冷え込むとは……体なまったかな」

「私の予備貸してあげるよ?」

「すまん」


 例の商店を監視できる家の屋根に腰を下ろしている。

 俺の隣でしゃがみこむ魔法使いのアンリエットが顔を覗き込んできた。ひょっとしたら鼻水が垂れていたのかもしれない。

 感覚が薄い鼻をすすって、差し出されたローブを体に巻く。

 時刻はちょうど深夜を回ったところだ。

 商店通りに人影は無く、遠く離れた飲み屋街だけに灯りが見える。昼間の喧噪が嘘のような静けさだ。


「もう四日になるけど体大丈夫なの? 私たちは交代だからいいけど……」

「大丈夫、大丈夫」

「……突然依頼を受けて帰ってきた時は不思議だったけど……こんなに真剣ってことは今回もアルノート様絡み?」

「さあ、どうだろうな」

「隠さなくてもいいじゃない。そういうのやめてよ」


 アンリエットが小さく頬を膨らます。子供のようだ。

 こんな彼女はパーティでは最年少だが、魔法の才能は飛び抜けている。それこそルネリタに届こうかというほどに。

 うちのメンツは単独ではBランクを少し超える程度だが、連携の良さと後方を一人で担える彼女の力が大きく、Aランクもそつなくこなせる。


「別にじいさん絡みだからって隠すわけじゃねえよ」

「それ、嘘。ティルが真面目な顔してる時ってアルノート様に頼まれた時だけだもん。しかも危ない仕事でしょ?」

「……そんなに真面目な顔してる?」

「うん」


 ローブの間から手を出して、自分の顔を触ってみる。夜風に晒された肌が冷たくなっていた。

 凝り固まった感覚をほぐすように軽くマッサージして、アンリエットの顔を見る。


「ちょっとはマシになった?」

「ううん。変わんない」

「あっそ……」


 自分ではいつもと変わらないつもりなのだが、長い付き合いのパーティメンバーにはすぐわかるらしい。

 いつも通り早めに夕食を食って、軽く酒をあおってきたはずなのだが、顔に出てしまうのか。

 今度から酒を少し増やすか……だが、いざという時に動けないと困るしな。


「ねえ、ティル……荷物を運ぶ賊を見つけるって言ってたよね?」

「賊って決まったわけじゃねえがな」

「この四日の間に出入りした男は違うんだよね?」

「ああ。あいつらはただの仕入れ先ってところだ。レジェンド野菜は持ってねえ。もしレジェンド野菜を運んでいればすぐに店先に並ぶだろうからな」


 そうだ。

 あの並んでまで買う客のいるレジェンド野菜を出し惜しみする理由がない。隠して売る必要があるなら、堂々と店先に並べるはずがない。


「地下に運搬用の穴があるって可能性はないかな?」

「…………王都の中心に近いあの位置までか? ないだろ」

「ずっと掘り進めていたとか……人じゃなくて、小さな箱を送るだけの穴は?」

「それは……」


 絶対に無いとは言い切れない。

 過去、城壁の下をくぐるように穴を掘ったバカがいると話を聞いたことはある。だが、野菜ごときにそこまでやるだろうか?

 いや……そう考えるとダメか。貴重な薬だと考えれば、ありうる。


「否定できないよね? なら提案なんだけど、<遠視>使ってみない?」

「……監視はできるだけ秘密裏に、が依頼主の頼みなんだ」

「別にアルノート様やルネリタさんみたいな方を見張るわけじゃないでしょ? あの二人なら<遠視>に気付くかもしれないけど……普通は無理よ」

「だが……もしも気付けば……」

「私の<遠視>可能距離は知ってるでしょ? ここなら気付かれても逃げられるって。それに『逃げ足のヒュー』が隣にいるんだから。大丈夫だって」


 逃げ足のヒューとはパーティをやっかむやつが付けた俺の通り名だ。

 なかなか的を得ていると俺は思っているが、怒ったパーティメンバーが通り名を付けた男を懲らしめにいったのは有名な話だ。

 皮肉っぽい笑顔でアンリエットがウインクを飛ばす。「やってみよ」という台詞とともに。

 俺は少し迷う。


「……そんなに危険な相手なの?」

「いや……わかんねえ。さっきも言ったが賊かどうかもわからない。本当にうまい野菜を作って満足してるだけのお人よしの可能性もある」

「いつもの依頼みたいに、姿を見られたらすぐに命の危険があるってわけじゃないんだね? じゃあ大丈夫だって。さっさとやっちゃお。お家の中をさっと覗いて地下に穴が無ければそれで終わりなんだから」

「…………そうだな。アンリエットの言う通りだな」

「うん!」


 彼女は器用な魔法使いだ。

 短時間なら<遠視>に<透視>を組み合わせられる。この辺が優秀な魔法使いの証拠だ。普通なら<遠視>を飛ばすことがせいぜいなのに。

 まあ、じいさんの依頼だから慎重に考えていたが、確かに偵察が得意なアンリエットなら大丈夫だろう。経験は折り紙つきだ。

 家の中にアンリエットの魔法に感づくやつがいるとも思えない。


「よしっ、じゃあいっちょ試すか。失敗した時のために、宿で寝てる二人も起こしとくか? 気付かれたとき用に戦力はあるにこしたことはないぞ?」

「ティルったら……全然そんなこと考えてないくせに」

「ばれたか。だが、アンリエットだって失敗するなんて考えてないだろ?」

「もちろん。家の中を覗くのはタブーだけど、だからって失敗なんてしないわ。……任せて」


 アンリエットが夜の帳の中で立ち上がった。片腕を上げて、水色の魔石が埋め込まれた杖をセドリック商店に向けた。

 少しの時間、マナを溜める。

 そして――

 波紋が体を通り抜けるような感覚と共に、<遠視>と<透視>の複合魔法が音も無く放たれた。



 ***



 アンリエットが訝しげに眉をひそめた。

 黒い瞳の焦点は遠くを見つめたまま合っていない。まだ魔法を切ったわけではないらしい。

 ただ事ではない雰囲気を感じて尋ねる。


「どうした?」

「よく分からないけど……何かがいたような……」

「何かってなんだ? 偶然、住人が動いただけか?」

「分からないけど、気のせい……だと思う……部屋に寝ているのは中年の男……もう一部屋は……おかしいわ……ベッドがあるのに誰も寝ていない……女の子はどこ……」

「娘の方がいない……どういうことだ? まさか外泊か?」


 自分で可能性を口にしてみたが、有りえない話だ。

 あの店には他に扉が無い。店を閉める時に中に消えていったところは確認している。年頃の娘が忍んで出掛けるなら、俺達の目をかいくぐるスキルが必要だ。

 だが、変装して野菜を買いに行った時にはそんな気配はまったく無かった。ただの純朴な娘そのもの。


「……アンリエット、地下は?」

「待って……もう少しだから……」


 とにかく目的を急がせようと、気持ちを切り替えて腕組みをした時だった。

 唐突に背筋に悪寒を感じて目を凝らした。

 そこには――


「――――っ! アンリエットっ! 魔法を切れっ!」

「えっ?」

「バカっ、早くしろ!」


 黒い何かが遠くの屋根の上に飛び上がった。この距離でも分かる身のこなしの凄まじさにぞくぞくと悪寒が続く。

 CランクやBランクの相手じゃない。

 ぼんやりと立っているアンリエットの首根っこを即座に掴んだ。丈夫なローブごと、彼女の体を全力で後ろに引いて、隣の家の屋根に飛び移る。

 両手で抱え直し、さらに二軒、三軒とジグザグに移動を行いながら距離を取る。


 ――最初にアンリエットが「気のせい」と言った時点で気付くべきだった。

 とんでもないミスだ。

 やはりじいさんの嗅覚は未だに現役。俺は温い生活をしていてこの様だ。

 何が「危険かどうかも分からない」だ。危険だと疑ってかかるのが一流のパーティのはずなのに。

 Aランクパーティが何て様だ。こんなにもあっさりと……


「くそっ、気付かれた」

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