第23話 やりすぎファーマーは連れ帰る

「ということで、連れてきた」

「がおたうたqぁおいた」

「「「「…………えっ?」」」」

「みなさんよろしく……だそうだ」

「「「「…………ぇぇぇぇええっ!?」」」」


 ツッコミどころが多すぎて何を言ったらいいんだろ?

 とにかく早すぎっ! 出掛けてからまだ三十分も経ってないよ!?


「えっと……名前だが……そういえばまだ聞いてなかったな」

「「「「えぇぇっ!?」」」」


 聞いて! せめて聞いてから連れてきて!

 名前すら知らずに連れてきちゃったの!?

 意気投合するの早すぎるって。


「たぁおえかqhたrをうたお」

「そうなのか……生前の名は忘れたそうだがカタコームでは『黄昏に潜む絶叫』と呼ばれていたそうだ。…………ん? その名はどこかで聞いたな」

「ひぇぇぇぇ!」

「どうした、ミジュ? 何か心当たりがあるのか?」

「ありませんっ、ありませんっ、私は何も聞いてませんっ!」


 お……おぉ……。

 『あなたの知らない世界のふしぎ』でその通り名を見た記憶がある。

 墓地の中央にとっても大きな墓石があるみたいなんだけど……それに書かれた通り名が……確か、生前に残虐の限りを尽くして、死ぬことすら許されなくなったとかなんとか。


「だが、『黄昏に潜む絶叫』は少々長いな。呼びづらいから『ホーネン』と変えたらどうだ?」

「……たwこおれあ?」

「そうだ。新しい名前だ。どうだ?」

「わおい」

「よし。決まりだな。今日からこいつは『ホーネン』だ。よろしく頼む」

「「「「……………………」」」」


 またネーミングセンスの無さが出ちゃった。

 ホーネンって……見たまんまじゃん。

 ないわー。

 納得するやつもおかしいけどさぁ。しかもなんとなく喜んでるっぽいし。

 いやらしいほどに輝く金色の王冠を頭に乗せたアンデッド。

 手には煌びやかな短杖。漆黒のローブには色とりどりの宝石がこれでもかと縫い付けられている。明らかに下位のモンスターの風格じゃない。

 薄らと身を包む禍々しい黒色のオーラ。生者と真逆の世界を歩む化け物。

 間違いなくこの人はかるーくAランク越えのモンスターです。


「主様……一つ聞いてもいいッスか?」

「なんだ? 何でも聞いてくれ。聞き取りづらいが、ホーネンはしっかりと答えてくれるぞ。かなり協力的だ」

「その……ホーネン……さんは、何と言う種族なんスか?」

「kがくぉういた」


 ゼカが恐る恐る質問を投げかけ、即座に返事が返ってきた。

 そのまま、数秒が経過した。

 しーん。


「……………………主様? 通訳してもらえないッスか?」

「ん? 分からないのか?」

「わ……分かるわけないッスよ……主様は冗談きついなぁ……妖精でもアンデッドの言葉はさすがに……」

「そうか……それは知らなかった。お前たちなら知っていると思って、さっきまで偉そうに通訳していた俺が恥ずかしかったのだが……」

「そ、そんなことないッス! 妖精でも知らないことはいっぱいあるッス! ね? みんな?」


 その場にいる妖精姉妹が全力で頷いた。

 少し照れたような主様が、アイテムボックスから分厚い本を取りだした。

 それを、食事途中のテーブルにどんっと置く。ミジュお手製のピザトーストの真横に。

 ほのかに漂う死臭とチーズの香りのマリアージュ。

 ……黄ばんだ表紙には、黒ずんだ手形の染みがいくつも重なっている。

 ミジュが小さく「ひぃっ」と声を上げて白目を向いた。


「実は俺もまだ不完全なんだ。お前たちもまだなら、ちょうどいい。これはホーネンから借りた『嘆きの書』という辞典だ。アンデッドの言葉を理解できるように勉強を――」

「主様……それって、いつから勉強してるんスか?」

「出会ってからだから、二十分前だ。みんななら少し努力すれば――」

「今はちょっと急ぐんで、後回しでもいいッスか?」

「おっ……おお……」

「じゃあ、通訳お願いするッス。種族はなんスか?」


 ゼカが大きなため息をつきながら、ばっさりと主様の提案を蹴り飛ばした。

 ……まあ、無理だわ。グッジョブ、ゼカ。

 だんだん頭痛がしてきた。

 アンデッドの言葉を辞書読んだだけで理解するなんて……言葉の通じない他種族の言葉は<言語理解>が無いと無理だし。

 そういえばガレスの末裔とも話してたっぽかったなぁ。


「種族は……『デイモスリッチ』……だそうだ。だったな?」

「わおい」

「…………それってリッチの最上位種じゃなかったスか?」

「わおい」

「「「「…………」」」」

「あっているそうだ」

「……そのホーネンさんに、何の仕事やってもらうんスか?」

「まずは掃除と草むしりだな」

「「「「……………………掃除と草むしり?」」」」

「わおい」

「やる気満々だそうだ」

「絶対、今の通訳大げさに言ったっしょ!? わおい、ってYESか、OKじゃないんスか!?」

「辞書の受け売りだが……いい通訳は、話し手の気持ちを汲んだ通訳をするそうだ。ちょっと挑戦してみた」

「あ……そうッスか」


 とってもやっかいな働き手がやってきました。

 言葉……無理。

 嫌悪感……MAX。

 種族……格上。

 このホーネンに草むしりやらせるって決めてるし。

 ないわー。


「あの……主様……私も聞いてもよろしいですか?」

「ミジュ、顔色が少し悪いぞ。疲れているのか?」

「ま、まあ……この数分でもいろいろと……」

「そうか……なら、草むしりの前にミジュの手伝いを専属でやってもらうか」

「ひっ!? い、いえ! 草むしりをお願いします! それが何よりしんどいのでっ! そ、それより……ホーネン……さんは…………どうして口にメロンを咥えているのですか?」


 ミジュが恐る恐る骸骨の口元に視線を向けた。あえて気にしないようにしていたのだろう。

 でも聞いてしまったからには仕方ない。

 うちらも揃って同じ場所を見る。

 そこには――

 一切れのメロンが突き刺さっている。

 何等分に切り分けたサイズだろうか。

 突き刺さったまましゃべっていたから、たぶん……下の歯が刺さっている。溢れんばかりのメロン果汁が、真っ白な骨を伝ってぽたりと地面に落ちた。

 空虚な眼窩の中で、赤い点が形を変えた。


「かくぉいんたおう」

「…………すさまじく美味しいから、だそうだ」


 顎の動きに合わせて、歯に刺さったメロンが上下にぴこぴこ動いた。

 不気味だ。

 でも主様は満足そうな表情で補足する。


「出会ったときに、人参を味見してもらったんだが、どうも反応が鈍くてな。言葉の行き違いで争う羽目になってしまってな――」

「大丈夫だったんスか!?」

「まあ、ケンカは様子見程度で終わったんだが……よくよく聞いてみるとホーネンは食感も味も分からないそうなんだ。飲み込むこともできんしな」

「…………骨だから、当然」


 ツティの身もフタも無い台詞に、主様が頷いた。


「そうなんだ。ほとほと困り果てていたんだが、飛んでくる魔法をかわしながら、果汁だけならどうだ……と試したところメロンの甘味は分かってくれてな。それから畑仕事の交渉を始めてうまく説得できた」

「…………ホーネンさんに舌はありませんけど」

「歯だ」

「…………はっ?」

「ホーネンは歯に果汁を塗りつけると味を感じるらしい」

「はぁっ!?」

「だが、乾いてしまうとダメになるようでな。渇く度に果汁を塗るのも手間だろうと思って――」

「……思って?」

「歯に果肉を突き刺してやったんだ」

「「「「……………………」」」」

「そういうことで、少々見た目は悪いが、これから指導してやってくれ」

「がおたうたqぁおいた」


 リッチの王に等しい骸骨が、じゃらりと宝石の音をさせながら前に進み出た。

 今の言葉は、うちら姉妹が全員分かったと思う。


 ――みなさん、よろしく……だ。

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