第22話 やりすぎファーマーは働き手を募集する

「ダンジョンができてスペースが広くなったのは良かったが、明らかに手が足りていないな」


 恒例となった小さなテーブルでの会議で、主様がため息をついた。

 主様の前には、疲労で突っ伏しているゼカ、やつれ気味のミジュ。顔色が土気色のツティと満身創痍のメンバーが勢揃いだ。

 うちだけはまだ元気なのだけど……

 ちょっと咳き込んでおこうかな……ゴホンっ。

 ちなみに主様はまだぴんぴんしている。どの妖精より仕事をしているはずなのに。

 変態的にタフだ。


「仕事が多すぎるか……」

「牧草は何とか足りるようになったッスけど、あいつら食べる量が多いのなんの……油断してたらすぐ空になっちゃうッス」

「加えて、肥料づくりのための糞の掃除もあります。トイレの場所はかなり覚えてくれていますけど……広すぎて一日中処理に追われています」


 えぇ……ガレスヌーとクックってしつけられるんだ。

 ミジュはすごいなぁ……どうやってあんな動物に教え込んだんだろ?

 うちなんて近付かれただけで、びびりまくってたのに。


「さらにダンジョンは広がっていると言っていたな?」

「はい……牧草部屋から伸びて二つに分かれています。これもどちらもあり得ないほど広い部屋です」

「そうか……次こそ肥料を活かした畑にしたかったのだが……」


 主様がつぶやいた台詞に、三姉妹が「ありえない」とばかりに首を振った。

 これ以上のオーバーワークは本当にきついのだろう。

 振り回されているけど、主様の側を飛んでいるうちは幸せなのかもしれない。


「お前たちが倒れるようなことは避けたい。…………新しい働き手を勧誘するしかないな」

「いぃっやっほーッス! 名案ッス! これで仕事が減るッス」

「待ちなさいゼカっ! そんな軽はずみに喜ぶことじゃないわ!」

「なんでッス?」

「…………それは……」

 

 ミジュが目を泳がせて言いよどむ。

 予想はだいたいつくけど、この場にいる誰かさんに聞かれてはまずいことなんだろう。

 迷いに迷って、結局言うのはやめたらしい。


「と、とにかく……働き手は欲しいですけど、主様には慎重になっていただかないと……」

「みんなの仕事が楽になるのにか?」


 首を傾げる主様に、ミジュは口をぱくぱくと開けたが言葉は続かない。

 でも、少しの間を空けて、恐る恐る尋ねた。


「ちなみに……働き手のあてはあるのですか?」

「もちろんだ」

「お聞きしても?」

「『誘いのカタコーム』だ」

「ぎゃぁぁぁぁっ!」「ひぃぃぃ!」「…………やだ」


 お……おぉ……それはないわ。

 その場所は年中悲鳴が聞こえてくるという地下墓所だ。人間もモンスターもなぜか近付くと幻に誘われるという。

 ある人は死んだはずの愛しい妻だったり、最愛の息子だったり……とにかく大切な相手が手招きをするように現れるらしい。

 しかも色とりどりのお花畑の中に。

 だけど、誘われたが最後、二度と帰ることはないと言われている。

 

 ――アルマー・ウェリントン著。『あなたの知らない世界のふしぎ』より。


 うちは近くの本棚にあった薄い本を数ページめくった。

 おどろおどろしい廃城に、奇抜な姿のアンデッドたちが闊歩している挿絵だ。妖精の村と真逆のような描写。

 絶対に近付きたくない場所。

 こんな所に働き手がいるはずがない。

 いたとしても、きっとそれは……

 

「ぬ、主様……まさか、一日働いても疲れない方々……ですか?」


 ミジュが声を震わせて問いかけた。

 返事はすぐに返ってきた。


「そうだ」

「ぎゃぁぁぁぁっ! 嫌です、嫌です! そんなのと一緒に仕事したくないですっ!」

「そうッス、そうッス! あいつらは死臭がするッス」

「…………死んでるから当然」

「なんだ? みんな反対か?」

「断固反対です!(ッス)(コクン)」

「だが、もう決めたことだ。彼らは力になるはずだ。磨けば骨に染みついた死臭は消える。しかも骨粉は肥料になる」

「えぇぇぇっ!?」

「朽ちたとしてもこれ以上無い戦力と言えるだろう」

「ちょ、ちょっと待って――」

「では行ってくる」

「主さまっ!」


 すがる妹たち――特にミジュとゼカ――は、必死に主様の服を掴んで止める。

 だけど頑丈な体はぐいぐいとみんなを引っ張っていく。

 玄関を出る寸前になって、ようやくこちらに横顔を見せた。


「誰か一緒に行くか? 何事も経験だぞ」


 全員がぱっと両手を離した。何食わぬ顔で片手を振っている。

 誰もついて行きたくないらしい。


「フラムはどうする?」

「うちも……疲れてるし遠慮しようかなぁ……」


 やんわりと断ったうちに、背後から殲滅攻撃が浴びせられた。


「姉さんは一番元気そうよね? ね? ゼカ」

「そうッス、そうッス。私らの代わりに生きのいい骨見つけて来て欲しいッス」

「部屋の管理人は任せる……」

「おっ、それはツティ名案ッスよ!」

「大役だわ……フラム姉さんにしか務まらないに違いない。私じゃ手に余るわね」

「あんた達ね……言ってること変わったじゃん」


 白けた目で妹たちを眺めたが、一向に茶番は終わる様子はない。

 どうあってもうちに押し付けたいらしい。

 アンデッドは火に弱いから、何かあった時には一番適任だって分かるんだけど……納得はいかない。

 これは久々に姉妹会議を開催しないといけないようだ。

 お題は…………公正なくじ引きのやり方について、かな。


「じゃあ、結局誰も行かないんだな?」


 あっ、主様のこと忘れてた。

 もう目の前には<テレポート>の準備を完了させて、踏み出す寸前だ。


「…………主様……最近あそこに行ったことあるの?」

「『強壮花』を採りにしょっちゅう行ってるぞ。夜中だがな」

「『強壮花』? 眠気とばしの? あれってお茶に入れたりして飲む花だよね? そんなのあったっけ?」


 主様が、あきれたように肩をすくめた。

 まっすぐ伸ばされた指が部屋の隅にある鉢に向けられた。

 全員が釣られて目をやる。


「そこにずっと置いているだろ。カタコームの『強壮花』はなぜか青でなく真っ赤だが、生で食べると一日中仕事ができる。まずいが便利だ」

「……あれ、『強壮花』だったんスか? どっかで見た花だなぁとは思ってたッスけど……なんで赤いんス?」

「…………聞いちゃダメ」

「やめてぇぇっ!! 私、あれにいつも水遣りしてたのよっ! あんな場所のだと分かってたらぜったい――」

「…………ばっちり呪われた」

「fgのあうあうぇっ!」

「お前たち……なにをやっているんだ? 時間も無いし行くからな」

「行ってらっしゃーい……気をつけてね」


 部屋の隅で頭を抱えて震えるミジュを尻目に、うちは主様にひらひらと手を振った。

 一番怖がりなのは意外とミジュなんだね。

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