第19話 商家の娘は少し理解する

 テーブルの上に、いくつかの野菜が並んだ。売るために作っていないとはっきり言っていたのに、気を遣ってくれたのだろう。前回より数が多い。


「今日は、トマトとダイコン、それと前回言われていたキュウリを持ってきました」

「ありがとうございますっ! 色々なものを作っておられるのですね」

「まあ、いきすぎた趣味のようなもので」


 お父さんが目を輝かせてその野菜に触れる。店のことを考えているのか、それともあの味を思い出しているのか。


「ちなみに、ダイコンはどのように食べるのがファーマーさんのおすすめでしょう?」

「食べ方……ですか?」


 アンディさんが不思議そうに首をかしげる。どうもそういったことは気にしたことが無い様子だ。

 代わりにフラムさんがふわりとダイコンの側に舞い降りた。


「生のスライスも美味しいけど、水で煮ても絶品! おろしも美味しいよ!」

「フラム、よく知っているな……煮るとか考えたこともなかった」

「妹たちといつも研究してるからね。主様は生でしか齧らないけど、料理しても美味しいんだよ。まあ、どうやっても美味しいから失敗はないんだけど」


 嬉しそうにほおを緩めるフラムさんはダイコンを小さな手で愛おしそうになでる。あの顔は確かに味を知る顔だ。

 毎日食べているのだろうか。とてもうらやましい。

 想像してしまった私の口の中は大洪水へと変わる。早く味見をしてみたい。


「ところで、シロトキンさん、なぜ私をファーマーと呼ぶのですか? さっき出会ったときも名前を……」

「あ、あぁ……それなんですが……」


 アンディさんが真っ直ぐな視線でお父さんを見つめた。責めている目じゃない。

 でも、お父さんの様子に何か感じたのだろう。

 言葉が返ってくるのを待っている。

 お父さんは迷う素振りを見せたけど、促されるように口を開いた。


「…………実は……野菜が狙われていまして……」



 ***



「なるほど……私の野菜を奪い取ろうと……」

「奪い取ろうとしているのか、ファーマーさんの秘密を知りたいのか……もしくはライバルが自分の店にも卸してほしいと思って調べているのか……私にもそれは分かりません」


 お父さんの声に勢いが無くなった。

 何を心配しているのかは私にも分かった。

 他の店に卸す、という部分を心配しているのだ。そうなると、私たちの店の評判は一気に失われる。

 だけど――


「いくつもの店に出荷できるほど野菜は用意できません」

「そう……ですか」

「それに、売るならシロトキンさんにお願いしたいと思います」

「な、なぜです?」

「あなたからは少し土の匂いがするからです。元ファーマーか、関係者のどちらかのはず」


 真摯な瞳で見つめるアンディさんの言葉を受けて、お父さんが息を呑んだ。


「私に売るスキルはないですが、野菜の良さを伝えるには経験のある方にお願いしたい。どうでしょうか?」

「――っ、もちろん! お任せください」


 弾かれるように返事をしたお父さんをアンディさんが見つめる。

 テーブルの上で二人を見上げているフラムさんも嬉しそうな顔でうなずいている。


「そういう事情なら、今後もぼやかして呼んでくださって結構です。それと……盗人まがいの連中の件は私も何かできないか考えておきます。野菜の一大事ですから」

「おぉっ……是非お願いします。何分、娘と二人しかいないもので」

「……承知しました。では今日はこれで。不定期になりますが、また野菜を持って来ます」

「ありがとうございます。あっ、そういえば売上金のことですが……」

 

 前回に卸してもらった野菜は瞬く間に売り切れた。相場の何倍もの値段を付けていたのだけど、あっと言う間だった。

 もっと高くても良かったかもね、とお父さんが苦笑いをしていた。


「そういった物はいりません。野菜の美味しさを分かってもらえればそれで十分」

「…………えぇっ!? そんなっ!? 大金ですよっ!?」

「店の改装にでも使ってください。では、畑仕事がありますので私はこれで」

「ちょっと待ってください! アン……、ファーマーさんっ! これからずっといらないんですか!? せ、せめて城門まで見送らせて――」

「不要です」

「――――っ、そんな!?」


 踵を返したアンディさんにお父さんが慌ててすがるように追いかける。

 だけど、すぐに立ち止まった。

 なぜなら――

 黒い穴がぽっかりとアンディさんの目の前に開いているのだ。わけのわからない圧迫感と寒気が全身に怖気を走らせる。


「こ……これは……」

「店の中で失礼しました。だが、そういう事情ならあまり姿を見られない方が良いかと思ったもので……では、またの機会に」


 お父さんの返事を待たず、フラムさんを肩に乗せたアンディさんが黒い空間に姿を消した。

 わずか数秒の出来事だ。

 我に返ったときにはその穴は綺麗さっぱり消えていた。いつもの店内の雰囲気に戻った。

 お父さんが、がくんと膝をつき、うつろな目でつぶやいた。


「そんな……<テレポート>を使えるファーマーだなんて…………あなたは何者なんですか……」


 冒険者が使う火魔法や土魔法は少しだけ見たことがある。

 <テレポート>もたぶん魔法なのだろう。

 ただ、どのくらい難しいものなのかは分からない。私が知っているのはモンスターをやっつける時に使う攻撃魔法くらいだ。移動に使う魔法なんて聞いたことがない。

 でも――

 たった今見たそれは、何かとんでもないものだということだけは、はっきりと分かった。

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