第17話 やりすぎファーマーは連れ帰る
「おーいっ、帰ったぞ!」
「主様、お帰りなさいませ。フラム姉さんもお帰り」
「うん」
肩までかかる水色の髪を揺らしながら、ミジュがログハウスから出てきた。
一日、畑やダンジョンの面倒を見てくれていたんだろう。優秀な妹がいるおかげで姉はいつも助かってます。
「ずいぶん時間がかかったのね」
「それなんだけどさぁ……ヌーもクックも<テレポート>を嫌がっちゃってさぁ……結局歩いて帰ってきたの」
「……そうなの? あいつらって<テレポート>ダメな動物だっけ?」
「知らなーい。あの感覚が嫌ってのも分かるけど、そういうんじゃなさそうな気もするんだよねー。野生の動物が経験あるとは思えないし」
「どういうこと?」
「…………ちょっと来て」
うちはミジュの手を引いて、声を潜める。
「たぶん、主様の濃いマナのせいっぽい」
「マナ?」
「うん。主様が『さあ、通ってくれ』って<テレポート>を使った瞬間に、みんな固まったもん。その後、半狂乱で逃げ回っちゃってさ……落ち着かせるのに苦労したんだから……」
「それって主様のせいなの?」
「だって、<テレポート>に込めるマナ量が普通じゃないんだもん。一体どこまで飛ばすのってくらいに込めるんだよ? 言ったら悪いけど、無駄なマナを山ほど使っててさ……攻撃魔法ならフェルデ草原ごと無くなるレベルの量だった」
「…………ま、まあ主様ってそういう加減は苦手そうだもんね」
「魔王を越えるマナ量を目の前で見せられたら、誰でもビビると思う。それでなくても、主様に殴られて死んだ仲間も見てるし。うちは最近マヒしてたけど、出会ったときのことちょっと思い出した」
「……ずっと一緒にいると異常だって感覚が無くなるもんね」
「うん……」
「まあ、その話はまたブドウでもつまみながらみんなでしましょ。とりあえず、受け入れの準備はしてあるから…………って、ガレスの末裔はどこに?」
「あっ、それなんだけどちょっと遅れてて……もう来ると思う」
うちはミジュの視線を誘導した。
そこでは主様が陽が落ちる方向をじっと腕組みをして見つめている。
主様は彼らを待っているのだ。
いくら凶悪な獣たちと言えども、本当の超人ファーマーにかなうわけがない。当然、走るだけでその差は現れる。
つまり……畑仕事に戻ろうと急ぐ主様に一匹たりともついてこられなかった、というわけなのだ。
匂いを残すために一人だけ<テレポート>で戻ることもできなかった。
「…………ようやく来たか」
主様が深く頷いた。
その視線の先に、真っ黒な体躯がよたよたと現れ、さらにその向こうから真っ白な怪鳥が「……コッ、……コゲッ」とよろめきながら姿を見せる。
疲労で今にも倒れそうだ。
これが恐れられる悪魔の末裔だと思うと、とても不憫だ。
「ね……姉さん……な、何匹連れて来たの? ちょっと多くない!?」
「結局、草原にいたやつはみんな一緒に来ちゃったよ? 主様の前で『俺はいかねぇ』って言える子いなかったし。でも、うちの草原部屋は広いから大丈夫でしょ」
「勝手に部屋に名前付けないで……そういう問題じゃなくてっ、こんなにいらないでしょ! 堆肥のための動物でしょっ!? 全員来たら引っ越しと変わんないじゃない!」
「…………そういうのは主様に言ってよ」
「何のために姉さんが行ったの!? 主様のやりすぎを止めるためでしょ!?」
「……あぁー、来ちゃったのは仕方ないじゃん、おっ、ミジュ、主様が呼んでるよ?」
「…………ほんともう、すぐはぐらかすんだから……ツティに牧草用の畑増やしてもらわないと。はーい、今行きまーす! って、姉さんも行くわよ!」
「えぇっー…………」
ミジュが軽やかに飛んで行く。
うちは引きずられるように手を引かれる。今日はもう疲れたのに。
「主様、なんでしょうか?」
「思っていたより、数が増えてしまったのだが、部屋は大丈夫か?」
ミジュの顔が一瞬引きつった。だけど、すぐに元の顔に戻る。
ついでにうちを一睨み。
「…………まあ、何とかします」
「予定を狂わせてしまってすまないが、よろしく頼む。牧草が足りなくなるだろうから――」
「それはゼカに、畑はツティに広げてもらいます」
「ありがとう。最初はもっと数を絞ろうと思ったのだが、ガレスヌーもガレスクックもとても友好的な種族のようでな……やる気のある目を見ているうちに、切り捨ててしまうのはもったいないと思って、嫌がる者以外は受け入れることにしたんだ」
「……そ、そうですか…………それは……とても……いいことだと……思います。はい」
だから、いちいちこっちを見ないでほしいなぁ。
もうミジュの言いたいことは十分分かるからさぁ。
「これから協力関係になるわけだから、名前も付けてやろうと思うんだ」
「…………名前をっ!? この数のヌーとクックにっ!?」
「ああ。だが、覚えやすい名前だから、大丈夫だ。ちゃんと覚えられるはずだ。ダンジョンの入口をくぐった順に、ヌーワン、ヌーツー、ヌースリー。クックはクックワン、クックツーだな」
ミジュがそれを聞いてぽかんと口を開けた。でも主様は満足そうだ。名案だとばかりに白い歯を見せている。
さらに追撃が来る。
「ゼカとツティにも伝えておいてくれ。では、とりあえず全員に入ってもらうか。おーい、みんなー、こっちだ!」
「ヌッ……」「コッ……」
一人元気なファーマー以外は全員死にかけてます。
さぁ、うちも付いて行こうっと。今日の仕事は終わったし。あとはミジュにお任せ。
「ミジュ、今俺と一緒に入ったヌーが、ヌーワンだからな」
「ええぇっ!?」
「で、次は…………おっと、倒れこんだクックがクックワンだ」
「えぇぇーっ!?」
「じゃあ、ミジュ、大変だろうけど、がんばってねー。うちも応援するから」
「フラムは何を言ってるんだ? お前も覚えてくれよ?」
「…………げぇっ!?」
主様はそう言い残してさっさとダンジョンに消えていった。これから毛並でも見るのだろうか。
残されたうちら姉妹は絶望感に打ちひしがれ、二人で天を仰いだ。
そして、叫んだ。
「どれが、どれだか見分けつくわけないじゃんっ!!」
一番星が静かに瞬いた。
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