第13話 やりすぎファーマーは譲られる

「うーん……なぜだ? カブ以外では燃えてしまう。フラム、もう一度頼む」

「うん……<ヘルファイヤー>」


 離れた場所に置いたサツマイモが突如劫火に呑まれた。

 持ちあがったサツマイモが、炎の中心で踊っている。

 私は頃合いを見て、魔法を止める。主様が近寄って確認し肩を落とした。


「焼き芋だな……」

「だね……」


 皮が黒く焦げている。中を割ってみてもただ芋を焼いただけの状態だ。

 もちろん、その金色に近い中身からは理性が飛びそうなくらいのいい匂いが押し寄せているけど、桜色に変化するようなことはない。

 口の中にあふれかえった唾液を、一息にごくんとのどの奥に送る。

 今は、実験中。

 我慢しないとダメな時間だ。


「実験する場所が欲しいな……あまり山の中で煙を大量に出すわけにもいかないが……せっかく掴んだ手がかりの『熱』を存分に試してみたい。野菜のどれがフラムの炎に反応するのか、それとも実は土から温めれば色が変わるのか……何をするにも大きな畑が必要だ」

「でも、あんまり手を広げるとBBが……」

「ヨーガンが守ってくれるとは言え、一人で見られる範囲には限界があるからな。だが、俺にはお前たち妖精姉妹もそばにいてくれる。あまり人の目に晒さずに全員の力を今以上に発揮できる場所さえあれば……」


 主様が腕組みをして考え込む。

 昔は街で畑をしていたらしい。でも、美味しい野菜が作れるようになるに連れて、研究成果がばれるのではないかと心配するようになった。

 そして、人里離れた山の中に畑を作ったのだ。

 今ではその秘密主義もすこーし変わったみたいだけどね。だって、そうじゃないと農業の繁栄を阻んでいるからって、魔王にカブ投げて倒しにいかないでしょ? 


「…………主様」

「ん?」


 いつの間にか、ツティを先頭にミジュとゼカが主様の側に来ていた。どの顔もにこにことほほ笑んでいる。


「……面白いものができた」

「面白いものだと?」

「そうッス! まあ、まずは見て欲しいッス。ツティが見つけて、私とミジュ姉が世話したッス! 長かったッスー……」

「別に長くは無いですけど、面白いのは確かです。主様、どうぞこちらに」

「お、おいっ」


 三姉妹が強引に主様の手を引く。

 なかなか見られない光景だ。引きずられるように連れていかれる主様の後をうちも追いかける。

 たぶん、前に言っていた三姉妹だけの秘密とやらだ。ちょうど主様も煮詰まっていたところだし、気晴らしにいいかもしれない。

 でも、なんだろう?

 新しい野菜か、果物か、それとも新種の生き物か。世話って言ってたから鉱石はないかな。



 ***



「なによっ、これぇぇぇぇぇっっ!?」

「フラム姉さんが驚いてどうするのよ……」

「そうッス。主様に驚いてほしかったッス」

「…………響く」


 うちはその場所に足を踏み入れて驚きの声をあげた。壁に大声が反響して、遥か奥まで木霊する。

 ぅれえぇぇぇぇぇぇぇっ……って感じに。

 主様も絞り出すようにつぶやいた。


「まさか洞窟とは……」


 案内されたのは真っ黒なログハウスの真裏だ。

 うっそうとした森が山の頂に向けて広がっているけれど、いつの間にかその中に竜が大口を開けたような入口ができあがっていたのだ。

 主様が地面の土を掴んでつぶやく。


「しかも、いい土だ」

「…………いい環境」

「ツティの言う通りッス。しかも洞窟の中なのにこんなに光が射して言うことなしっ!」

「風通しもなぜか問題なく、さらに、この洞窟はまだ広がっています」


 三姉妹が得意げに言う。

 主様が聞かされた事実に驚いて顔を上げた。


「……どういうことか説明してくれるか?」

「もちろんです。では、私が――」


 ミジュが三人を代表してここまでの経緯を話す。

 事の発端は、この前死んだBBをヨーガンに分解してもらっていたときらしい。一匹のBBの体内に不思議な棒のようなものがあった。

 連絡を受けたツティも最初は木の棒か何かだと思ったけれど、ヨーガンが知らせてきたくらいだからとよくよく調べてみれば、それが何かの種だということが分かったのだと。

 で、どんな害のある植物か分からなかったので、とりあえず畑とは真逆の森に植えてみたと。

 すると、二日ほどで発芽し、一日経過するたびにびっくりするほど形を変えて、とうとう口を開けたような入口ができあがったらしい。


「……で、この洞窟はどんどん深く広がっています。私たち姉妹で調べたところ、まるで蟻の巣のような複雑な構造です。今のところモンスターは見つかっていませんが、一エリアがとてつもなく広いです」

「…………洞窟を生み出す種なんてものがあるのか……聞いたこともないが……」

「洞窟というより、ダンジョンと呼んでもいいかもしれません。普通の洞窟では真っ暗になりますから。壁が発光している時点で、ダンジョンの仲間に近いと思います」

「ダンジョンを生む種……ダンジョンシードとでも言うのだろうか。…………よく分からんが、植物にはまだまだ知らないものがあるんだな。しかもBBがそれを持っているとは……あいつらは色々特別だな」

「で、ここからが本題ですけど、このダンジョンを主様の研究に使うのはどうでしょうか?」

「…………ここを? 確かに願ってもない環境だが、持ち主は俺になるのか?」


 困惑する主様に、ミジュとゼカが微笑んだ。

 わざとらしくツティを前に押し出し、後ろから二人が顔を出す。


「こういう未知のものは、発見者が持ち主になるのが人間の世界のルールだったはずです。今回で言えば、種の発見、入り口の発見は我が末妹のツティです」

「でもー、ツティはこんなダンジョンは必要としてないッス。そうッスね?」


 ブラウンの髪の妖精が、主様を見つめながらこくんと頷いた。


「ってことで、ツティはこれを主様にぜーんぶ譲るそうッス」

「代金は少しもいらないってことらしいです。そうよね、ツティ?」

「うん……主様にあげる」


 上目使いのツティは小さい声ではっきりと言った。

 主様が嬉しそうに顔を綻ばせる。


「……俺には優秀な妖精が四人もいてくれて嬉しいよ。こんなにも素晴らしい場所を家の近くに見つけてくれるなんて。ありがとう、ツティ。ミジュとゼカも。俺はこのダンジョンを利用して必ず究極の野菜を作ってみせる。よーしっ、やることは盛りだくさんだ。今日から睡眠時間を削っていくかっ!」

「えぇぇっっっ!? ぬしさまぁっ、もうこれ以上の早起きはやめてぇぇっ!!」


 ダンジョン内で片腕を上げた主様に、うちらの悲痛な叫びが響いた。

 だが、たった一人、末妹だけは「主様との時間が伸びる」と小さくつぶやいてガッツポーズをしていたのだ。

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