日傘男

タナカチヒロ

第1話

子供というのは大変だなぁと子供の時から思っていた。

中でも「怪しい人に出くわしたら大声を出すのよ」は、大声を出したところで林だらけの通学路から誰が助けに来てくれるんだ、と幼心にずっと思っていた。

とは言ってもこんなど田舎で露出したり拐われる事なんて絶対無いだろう、といつものようにフーフーと汗を流しながら下校していた。


その日は何故だかそんなに仲のよくない幸田さんと帰っていた。

スポーツ万能だか負けるとすぐに拗ねて1日中機嫌が悪い子。女は大変である。

仲が良くないので特に会話もない。今考えると何で一緒に帰ったんだか。


私の中学校は自転車で片道40分。とんでもなく長い坂を下り、大型トラックがバンバン走る細い道を通り、登り坂を登りやっと到着である。下校はその反対。最後の難関は朝下ってきた坂を永遠と登る事である。


幸田さんと一向に会話もないまま、真夏の炎天下2人並んでその坂を登っていた。早く帰って冷たい麦茶が飲みたいなぁと自転車を押しながら思っていた。


すると前から日傘を差した髪の長い女の人が歩いてきた。こんな坂道を利用するのは中学生しかいない。大人はみんな車だからだ。


遠目に何か変だなと思いながら、だんだんとその女性との距離が近くなる。そして私たちと女性の距離が10m程になった時気づいたのである。女性ではないと。


ドキリと心臓が飛び跳ねるのを感じた。女性でも無いのに髪が長くて日傘、しかも花柄のワンピース……怖い。幸田さんをチラッと見る。警戒度200%の目をしてる。


ともかく何事も無く通り過ぎれば良いのだ。そうしたら何事も無いのだ…。そうだそうだ、落ち着け自分…。日傘男との距離が2mとなった。


「…あの……スミマセン」

事もあろうに日傘男が話しかけて来た。田中と幸田の心臓が同時に止まった。


「………………ハイ……」

蚊の鳴くような声で幸田さんが答える。


「……チョット、言いにくいのですが………」

日傘男が続ける。よく見ると化粧もバッチリだ。でもスネ毛はボーボー。なんだかモジモジブリブリしてる。もう夏休みスペシャル本当にあった怖い話より怖い。


「……………………イ」

幸田さんの返事のハは聞こえなかった。


「……あの……あたし…ブラ外れてませんか…?」

日傘男がとても恥ずかしそうに呟き、私たちに背中を見せてきた。たくましい肩甲骨の下にブラホックが見えた。しっかり止まっている。


一体これは何だろう。

私は恐怖と驚きと思考回路がショート寸前今すぐ帰りたいよ状態でボーッとブラホックを見ていた。


「………いえ……とまってます……」

幸田さんが答える。今にも白目を剥きそうだ。


「あ〜ん!!良かったぁぁん!!!」

そう日傘男は答えて私たちを通り過ぎていった。


私たちは今起きたことが理解出来ず、3秒ほど顔を見合わせた。そしてどちらともなく全力ダッシュで坂道を上がった。1度も振り返る事なく坂を上り切った。


「こ、怖かったね…………」

私が息切れと共に呟く。幸田さんは大きくうなづいた。

今来た坂下を除く。そこには日傘男の姿は無かった。それもまた2人の恐怖を煽った。


家に帰ってから母に事の成り行きを話した。母は警察に通報した方がいいんじゃ無いか、学校に相談しよう、と慌てて蓋めいていたがその頃の私は既に落ち着いていた。


確かに驚いたし怖かったが、私たちはブラホックが止まってるかどうかを確認しただけなのだ。

もしかしたらそういうイタズラが好きな変態男だったのかもしれない。でも止まってると伝えた時のあの安堵と喜びに満ちた表情を思い出したら「夏だし狐が化けたんだ。これから妖怪夏祭りにでも行くんだろう」と自分の中で変な解釈が生まれていた。



その後、私は真冬の朝7時に再び日傘男と出くわした。

あの時の同じ、ワンピースに長い髪。


不自然に息を切らしながら私に聞いた。


「…スミマセン……ハァハァ……あたし…ブラホック止まってますか……?」



あいつはただの変態男だった

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