第34話 花咲く晩餐会 I
その部屋の戸を叩くと、いつものようにベアトリーチェさんが微笑みながら出迎えてくれた。
そして、その後ろからひょこっと顔を覗かせて、
「こ、こんにちは。フェルさん」
こちらを伺うように挨拶をしたのは、ルナさんだった。
「あの、先日は…本当にすみませんでした。急にあんな、泣いたりして…」
「そんな、全然気にしていませんよ。あたしの方こそごめんなさい。知った風な口をきいてしまいましたね」
ベアトリーチェさんに促され、いつものソファへと座りながらルナさんに謝罪をする。すると彼女は顔をぶんぶん横に振って、
「いいえ、嬉しかったんです。フェルさんに、あんな風に言っていただけて…私、もっと自分を信じて頑張ってみようと思います!」
ぐっと両の拳を握りしめて、力強くそう言った。
それに、心から『よかった』と思う。どうやら本当に傷付けたわけではなかったようだ。
「それで…せめてものお詫びと思って、これを…」
ルナさんが言いながら、ベアトリーチェさんに目配せをする。彼女は頷くと、戸棚から一枚のお皿を持ってきた。そこに乗っていたのは、
「わ、クッキーですか?美味しそう!」
ココア生地が混じったチェッカー模様のもの、真ん中をハート型にくり抜き赤いキャンディを固めたもの…どれも見ているだけで心が踊るような、可愛らしい形をしたたくさんのクッキーだった。
「私とビーチェで焼いたのです。甘いものは、お好きですか?」
「もちろん!大好きです!」
「よかった!紅茶も入れますから、よかったら召し上がってください。お口に合うと良いのですが…」
と、ルナさんが言っている間にベアトリーチェさんは紅茶の入ったティーカップを二つ、テーブルに置いてくれる。アップルティーだろうか、甘い香りが湯気から漂っている。
ていうか…あらためて考えると、これってすごいな。王女様があたしのために、わざわざクッキーを手作りしてくださるだなんて…
「なんだかすみません。かえってお手を煩わせてしまいましたね」
「いえ、お詫びと言いつつ、私たちも楽しんで作らせていただきましたから。さぁ、どうぞ」
ルナさんに言われ、あたしは遠慮なく一枚手に取り、サクッと一口かじってみる。
……うぅん。
「美味しい〜♡」
「よかった」
いや、お世辞抜きに本当に美味しい。生地は程よくサクサクほろほろ、バターの香ばしい香りが鼻に抜ける。上品な甘さで、いくらでも食べられてしまいそうだ。
「すごい…ルナさん、お菓子作りお上手なんですね」
「えへへ、作れるのはクッキーだけなのですけれど。昔から、母とビーチェと一緒によく作っていましたから」
お母さん…亡くなった王妃様か。ご自身でお菓子作りをするなんて、きっとルナさんと同じ飾らない人だったのだろう。
ルイス隊長に作ったことはあったのかな…?いや、これは下手に聞かない方がいいか。
あたしは暫しクッキーの美味しさに酔い痴れ、アップルティーを一口飲んでから、「ん!」と声を上げる。いけない、伝えたいことがあるのだった。
「実はあたしもルナさんにお渡ししたいものがあるんです。じゃーん!」
「これは…?」
首を傾げるルナさんに、あたしはプリントを数枚差し出す。先ほど、ゲイリー先生にいただいた『体術』の入門編がまとまった資料だ。
「『体術』専門の教授からいただいてきたんです。そこで、魔法の特訓にすごく有益なことを教えていただいたんですよ」
「まぁ、わざわざありがとうございます。それで、『有益なこと』とは…?」
ワクワクした様子で身を乗り出すルナさんに、あたしは人差し指を立て少し得意げに語り出した。
あたしやルナさんの魔法は、対象物があって初めて発動するものであること。
つまり訓練するなら、魔法の対象となる"練習台"があったほうがより効果的であること。
例えばあたしの場合、鶏肉などを使うと良いと言われたこと。
ルナさんはあたしの拙い説明に目をキラキラと輝かせて、
「なるほど…おっしゃる通りですね。確かに、イメージを膨らませても実践する機会がないので、なかなか自信に繋がらなくて…」
「そうなんですよね。水や火を生み出すような魔法なら、一人でいくらでも練習できたのかもしれませんが…我々の場合、そうもいきませんから」
「言われてみれば当たり前のことなのですけれどね。その発想を今まで持ち合わせていませんでした。それにしても…『鶏肉』がおすすめというお話は、面白いです。ユーモアのある先生で、きっと授業も楽しいんでしょうね」
口元に手を当てクスクスと笑う彼女に、あたしは再び人差し指を立てて、
「そこで、ルナさんにお話がもう一つ」
「?」
「ルナさんの魔法の練習台にするなら、何が適切か考えてみたのです。鶏肉は、残念ながら寝たり起きたりしませんから」
「はっ。確かに」
ルナさん、やっぱり気付いていなかったのか。
「ですので…」
あたしは立てた指をそのまま、窓際の花瓶へと向け、
「花を練習台にする、というのはいかがでしょうか?種類によっては、夜になると花弁を閉じて眠るものがあると聞いたことがあります。人間や動物に比べると分かりづらいかもしれないのですが…どうでしょう?」
そう、伺う。
ルナさんは、花瓶に飾られた花をしばらく見つめた後、こちらへ首を戻して。
二回、ゆっくりと瞬きをしてから、
「フェルさん……あなたは、天才です!!」
「やったー!!」
ぱぁああっ、と満面の笑みを浮かべる彼女に、あたしも思わず笑顔になる。
「と、言うことで。クロさんに教わった『精霊学』を踏まえて、今後は練習台を使った本格的な特訓をしましょう!」
「はい!!」
おー!と言わんばかりに腕を上げ、二人して立ち上がる。その様を、ベアトリーチェさんはにこにこと眺めていた。
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