第35話 花咲く晩餐会 II


 その後、あたしとルナさんはまずお城の厨房へ向かった。

 これから時々、調理前の新鮮なお肉を貸していただくことはできないか、料理長に聞いてみたのだ。

 練習台にしたお肉をその日のあたしの夕食として使うという条件で、了承を得ることができた。おそらくルナさんがいたから承諾してくれたのだろうけど…


 次に、お城の庭園を管理する庭師さんに会いに行った。"眠る"植物がこの庭にないか伺うと、『はにかみ草』と呼ばれる黄色い花があるとのこと。それを鉢へ植えて、ルナさんへ渡してくれた。



 さぁ、これで材料は揃った。

 しかし、もうすっかり遅い時間になってしまっていた。ルナさんの部屋を訪れた時には、既に日が暮れていたのだから無理もない。本格的な特訓は、また次回からだ。

「夕食をぜひ一緒に」と言っていただけたので、そのままあたしはルナさんと晩ご飯を共にした。そこで、次回までの宿題を考えた。


 魔法を発動させた時のことを振り返り、どんなことが出来たのか、自分の能力の輪郭をはっきりとさせてみること。

 精霊の暴走を引き起こしてしまった時の状況を、もう一度思い出し原因を探ること。


 そして。


 十四歳までの人生を省みて、自分が何故この精霊を授かるに至ったのか、理由を考えてみること。

 つまりは『自分と向き合う』ということを、してみることにしたのだ。



「あらためて向き合おうとすると、なんだか難しいというか…ちょっと怖い気もします」

「そうですね。思い出したくないことなんかも、正直ありますから」


 スープを飲む手を止めて言うルナさんに、あたしも同意する。


「でも、クロさん曰く『自分を正しく認識すること』が、魔法を使いこなす上での第一歩らしいです。自分の力で何が出来るのかを知らないまま魔法を使うのも、それはそれで怖いですからね」

「……そうですね」


 ルナさんにそうは言ったものの、あたしも自己分析なんてしたことがない。何が正解なのかわからないが…手始めに、ノートにでも書き出してみようかな。クロさんの講義を受けている生徒の中には、そうしている子もいるようだったし。

 と、白身魚のムニエルをぱくっと一口頬張ったところで、


「そういえば…クロードは今日も例の生徒さんと個人レッスンなのですか?」

「え?」


 ルナさんに急に話を振られ、思わず魚を切るナイフを空振りする。が、気を取り直して、


「ま、まぁ…そうですね。学院で講義がある日はいつも、放課後残って教えているみたいです」

「講義がある日、というと、週に三回くらいありますよね。そんなに熱心に指導しているのですね」


 そこですかさず、後ろで控えていたベアトリーチェさんが、


「フェレンティーナさん、ちゃんとクローネル指揮官に"恋人の時間"、作ってもらっているのですか?」


 こちらに耳打ちするようにそう聞いてきたので、危うくむせそうになる。むむぅ、あなたやっぱりこういうお話がお好きなのですね…?

 それを聞いたルナさんも、コクコク頷いて期待の眼差しをこちらに向けてくる。これは…話題の軸が完全にこちらに回ってきてしまったな。


「こ、恋人の時間…」


 確かにそう言われると、仕事モードでいる時間のほうが圧倒的に長いが…

 でも、今日はちょっとだけ…アレなことがあったりもしたし…


「うーん…頻度で言えば、一週間から十日に一回のペースで…ちょっとそれっぽい空気になりますかね」

『それっぽい空気?』


 ルナさんとベアトリーチェさんが声をハモらせ、ずいっとこちらに近付いてきたので、思わず仰け反る。頼むから、そんなワクワクした瞳で見つめないでいただきたい。


「えと……例えば、今日なんかは…」

『今日?!』

「ああもう!恥ずかしいからいちいち反応しないでください!……今日は、理事長室で書類の整理していたら……突然、後ろからぎゅってされて」


 そこまで言うと、ルナさんの喉がコクッと鳴った。やめて、こっちまでドキドキしてくる。


「……『いい匂い』だって、言われました」

『きゃーっ!!』


 言うなり、二人は抱き合い黄色い悲鳴を上げた。

 ううう…何コレ、羞恥プレイ?


「すごい…フェルさん、オトナですっ!」

「あのクローネル指揮官が、そんな甘々なことするなんて…意外過ぎます」


 などと口々に言うルナさんとベアトリーチェさんだが。

 …本当はその後押し倒されて、全身の匂いを嗅がれまくって変な気持ちになってしまっただなんて……口が裂けても言えない。


「でも…十日に一遍とは、少な過ぎませんか?せっかくこちらへ住まいを移されて、毎日顔を合わせているのに」

「確かにそうですね。フェルさん、寂しい思いはされていませんか?」


 またまたベアトリーチェさんとルナさんに交互に言われ。


「寂しい、思い…」


 呟いてから、考える。

 恋人になった直後から一ヶ月間、会えなかった期間があって、やっと毎日一緒にいられるようになったと思ったら…彼は仕事漬けの日々で、構ってもらえるのは彼の気が向いた時だけ。

 抱き締められたり、膝枕をしたりとスキンシップはたまにあるが。

 キスなんか、もう一ヶ月近くしてもらえていない。

 でもそれは、仕方がないことだとも思う。だって彼は、本当に忙しいのだ。色恋にうつつを抜かす暇なんてないくらいに。そして、文句や毒を吐きつつもしっかり仕事をこなす彼を、あたしは『かっこいい』と思っているから。

 だから、毎日キスやハグが出来なくったって、それは仕方がないこと…


 ていうか…あれ?そもそも恋人同士って、そんな頻繁にイチャイチャしないものなのかな?これが普通?あたしが欲しがりすぎているだけ?

 お付き合いすること自体が初めてなので、その辺りの常識や感覚がよくわからないのだが…

 しかしはっきりとわかるのは、『寂しいか?』と聞かれたら、


「そりゃあ……寂しくないと言ったら、嘘になりますよ」


 ということである。


「でもクロさん、本当に忙しいですから。あまり我が儘は言っていられません」

「フェルさん…」


 あたしの言葉に、何故かルナさんがしゅんとする。

 ルナさんなんか、大好きな人ともう三年も会えていないのに。まるで自分のことのようにあたしの気持ちを慮ってくれている。

 この人がいてくれるからこそ、あたしはまだまだ弱音を吐いていられないと、そう思えるのだ。


「心配してくれてありがとう、ルナさん。けど、あたしは大丈夫です。ルナさんと特訓して魔法を使いこなせるようになったら、クロさんにいっぱい褒めてもらいますから!」


 そう、にっこり微笑んで言ってみせる。

 そうだ。今はこの寂しさを、アリーシャさんへの嫉妬心を、魔法習得の燃料に変えていこう。それが、一番いい。

 それにルナさんだって、魔法をコントロールできるようになったらルイス隊長に会えるかもしれないのだから。

 そんな気持ちを込めて、ルナさんに笑みを向けるが。

 彼女はまだ少し、心配そうな眼差しでこちらを見つめてきて、


「…あまり自分を押し殺さず、甘えられる時に甘えてみたって、良いと思いますよ」


 なんてことを言う。

 それは、突然想い人に会えなくなってしまったルナさんだからこそ言える言葉だったのかもしれない。


「…そうですね。爆発する前にちょっとずつ、あたしからも甘えてみます」


 言われてみれば、あたしからモーションをかけることはほとんどなかった。なんと言うか、仕事の邪魔しちゃいけないし、あまりこちらからぐいぐい行くのもはしたないかな、などと思っていたのだが…

 もう恋人同士なんだから、遠慮してなんかいられない。触れたい時には、こちらから触れてみたっていいはずだ。


 うん、と一つ頷いて、顔を上げると。

 ベアトリーチェさんとルナさんが、嬉しそうにこちらを眺めていて。


「ふふ。フェレンティーナさんに甘えられたら、指揮官どんな顔をするのかしら」

「確かに…それはちょっと気になりますね」

「だから、恥ずかしいのでやめて下さい!!」


 嗚呼、完全に話題提供を期待されている…貴重な恋バナ供給源だと思われているな…?

 口元を押さえ微笑む二人に。

 あたしは顔が熱くなるのを感じながら、無言で目を逸らした。

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