第15話 レース仕立てのダイナマイト I


 やばい。きた。ついにきた。

 ここ二週間ほど、完全に放置プレイだったのに、急にきた。


 今夜、恋人が…クロさんが。

 あたしの部屋を、訪ねに来る。


 あの、つまり、それって。

 そういうことで、よろしいですか?



「……………」


 頭の中にピンク色のもやがかかったみたいに、悶々としながら食事を済ませ。

 使用人用の大浴場で、念入りに身体を磨く。

 そして、泳げるくらいに広い湯船に浸かって、考える。


 どうしよう。こういう時、どんな顔して待っているのが正解なのだろう。

 なんて言って彼を部屋に招き入れるのが適切なのだろう。


『お待ちしておりましたー!』


 いやいや、それじゃヤル気満々みたいじゃないか。


『で、用事って何ですか?』


 いやいやいや、白々しい。さっき顔真っ赤にして理事長室飛び出してきちゃったから、それは通用しない。

 あああ、わかんない!服は着たまま待機でいいの?!灯りは点けておいていいの?!ベッドの毛布は捲っておくべき?!タオルとか用意しておくべき?!


 あ、やば。視界がぐるぐるしてきた…のぼせそうだ。上がろう。

 ざばーっ、と風呂から上がり、部屋着のワンピースに着替え。

 ふわふわと覚束おぼつかない足取りで、なんとか自分の部屋へと戻ってくる……と。


「……ん?」


 自室のドアの下に、小さな紙袋が置いてあるのを見つける。

 しゃがんで手に取り、見てみると、


「……ローザさんからだ」


 先日手紙を送った彼女からの、小包みだった。お城に届いたのを、メイドさんが持ってきてくれたのだろう。

 あたしは部屋に入りながら、その中身をあらためる。

 カサカサと音を立てて紙袋を開くと、一番上に封筒があった。手紙、だろうか。

 封を切って、便箋を広げる。そこには、性格のよく表れた達筆な字で、こう記されていた。



『レン。久しぶり。手紙ありがとう。

 そちらには無事に着いたんだね。よかった。こちらは変わりないよ。オーナーも店のみんなも、相変わらず。


 さて、もらった手紙の内容についてだが。

 ハッキリ言って、レンの認識が甘い。

 あのなぁ。四六時中ラブラブでいられるわけがないだろう?むしろ公私混同せず、やるべき仕事をキチッとこなすなんて…あの"ちびっこ"、ちょっとだけ見直したぞ。

 レンの気持ちはわかる。だがな、恋愛は緩急を楽しむものだ。ずっと燃え上がっていても、ずっと冷え切っていてもいけない。平熱状態の中で、ふいに訪れる"火種"を楽しむ。そういうものだ。

 ただし、その"火種"が訪れるのをいつまでも受け身のまま待っていてはいけない。時には自分から仕掛けなければならない。それから、自分磨きも怠らないこと。

 けど、露骨すぎるのもかえって色気がないから…

 レンには、これを贈ることにする。ぜひ、使ってみてほしい。』



 そこまで読んで。


「………?」


 あたしは、紙袋の中に入っていた別の包み紙を取り出し、開いてみる。

 すると、そこにあったものは…


「……は…」


 単刀直入に言おう。

 それは、一枚のパンティだった。

 女性用下着。ショーツとも言う。

 しかも、ただのパンティではない。可愛らしいレースがあしらわれてはいるが、前も後ろもスッケスケなのだ。且つ、紐パン。両サイドをリボンで結び履くタイプのやつ。


 ローザさん…なんだってこんなものを……

 わなわなと震える手で、あたしは手紙の続きを目で追う。



『いいか?見えないところほど気合いを入れるのが、魅力的な女の条件だ。

 これを身に付けると、不思議な力が湧いてくるのを感じるだろう。それが、あんたをもっともっと輝かせるはずだよ。

 そして…いざって時の、"火種"にもなるだろう。

 とにかく、あまり焦りすぎないこと。それから、あたしに泣きつく前に本人ときちんと話をすること。

 いろいろ書いたが、体には気をつけて。本当に無理になったら、いつでも帰っておいで。

 それじゃあ。』



「………………」


 ありがとう、ローザさん。

 要するに、これを履いて女の魅力を底上げしろと。まずは自分自身を磨けと。

 確かにローザさんへ手紙を書いた時はこちらへ来てまだ一週間程で、慣れない環境での不安感に加え、クロさんに構ってもらえないことから弱気になっていたが。

 実は今、事態は急展開を迎えていまして。

 ついに彼と、一線を超えそうなカンジになっているわけで。

 だから今日、このタイミングでこのパンツは。


 "火種"と言うより、"ダイナマイト"になりかねない。

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