第13話 嫉妬と欲望の会議室


「……………」



 悔しい。


 何故そう感じているのか、自分でもよくわからないのだが。

 あたしは少しだけ、あのアリーシャという少女に、嫉妬していた。

 元来、負けず嫌いの気質であるところが大きいのだろうが。


 ……彼に。

 クロさんに、興味を抱かせた。

 『先生』の仮面を一瞬でも外させた、その才能に。


 あたしは、嫉妬していたのだ。


「……………」


 そっと、自分の手のひらを見つめる。

 あたしが持つ、特異な精霊の力。

 クロさんと出会うきっかけになった力。

 この力を暴走させてから…そしてその本質を知ってからは、怖くて使うことができなくなってしまっていた。

 クロさんに、この力がなくても側にいてもらいたいという思いもあったから。

 そのはずだったのに。


 今は、この力をもっと高めたいと。

 使いこなせるようになりたいと、そう思ってしまっている自分がいる。

 そうしたら彼に、もっと見てもらえるかもしれない。

 もっと褒めてもらえるかもしれない。


 そんな本末転倒な考えが、頭の中をぐるぐる廻る。

 …あたしの能力だけを欲しているのではと、泣いたことすらあったのにね。


 なんでもいい。彼があたしを求めてくれる理由を。

 ずっと側に置いてくれる理由を。

 探しているのだ。



 ちら、と顔を上げる。

 斜め前に座る彼。あたしがこんなことを考えているとは、夢にも思っていないんだろうな。

 だって今、クロさんは……




「……だから。それ、本当に必要ですか?」




 貼り付けた『理事長先生』スマイルが今にも剥がれそうな程、静かにお怒りになっておられるのだから。





 魔法学院内の、職員会議室。

 授業を終え、夕刻からのこの会議にあたしも同席しているのだが。

 口の字型に設置された席の真ん中に鎮座して、クロさんは顔を引きつらせていた。


「軍部側と学院側の都合を合わせるのもなかなかに大変ですし、参加させる学生の選出方法も曖昧。何より、費用が嵩みます。食事に、楽団による生演奏まで用意をするとなると……学生主体の行事ならともかく、大人の都合だけでそこまでするメリットは、あまりないように思うのですが」


 そう言いながら、あくまで平静を装って笑顔を向けてはいるが……

 内心、「黙れこのブタが」くらいのことを考えているのが、彼の本性を心得ているあたしにはわかってしまう。


 今回の会議の議題は、『新入生歓迎舞踏会』の実施についてだった。

 毎年この時期におこなわれる、学院の伝統行事らしい。新入生の中から十数名の生徒を選び出し、その一族の代表者と共に王宮へと招く舞踏会。

 要するに、貴族の皆々様が自身のご子息・ご令嬢を国へアピールするためのプレゼン大会である。話を聞く限りだと、貴族との癒着が強かった前理事長が好んで開催していたようなのだが…

 前理事長を廃した今もなお、それを望む人物が一人。


「ですから…この学院への入学を希望される方のほとんどが、こうした謁見の機会を望まれているのです。そのためにここへ入ってきたと言っても、過言ではないですからね。就任して半年足らずのクローネル先生には、わからないかもしれませんが…」


 クロさんの正面でフフンと鼻を鳴らす、その人物は。

 アゴスティン・フォスカー副学長。この学院の、ナンバー2である。白髪混じりの黒髪を七三分けにした、小太りの中年男性だ。

 彼はたるんだお腹をテーブルの上に乗せるようにして身を乗り出し、声をひそめて続ける。


「経費が嵩むと申しますけどね…ここだけの話、参加が決まったご家庭からは毎年多額の出資をしていただいているのですよ。舞踏会に充てても余りあるくらいの、ね。クローネル先生だって、研究費用ならいくらあったって困らないでしょう?」


 おいおい、それを世間では賄賂ワイロと言うのではないのか。

 どうやらこの副学長、前理事長と共に貴族と裏で繋がり、学生を優遇する代わりに金銭を受け取って私腹を肥やしていたらしい。それを隠そうともしないあたり、相当に味を占めていると見た。


 さらに言えば、副学長の両脇…左右に二人ずつ座っている教授たちも、ちょっとクセのある人たちで。

 と言うより、学院の運営に全く興味を示さないのだ。皆それぞれ自身の講義に使う資料を内職していたり、爪を弄ったり、眠そうに欠伸をするなどしている。

 議論に参加する気ゼロ。自分は研究と給料の受け取りさえできれば良いので、あとは勝手に決めてください、と言わんばかりの態度である。


 学院の会議に同席するのはこれで二回目だが……きっとこんなんだから、貴族様第一主義の悪習が蔓延してしまったのだろう。

 最初は、これではクロさんが可哀想だとも思ったが……恐らくこれはこれでやり易いのだ。意見しない代わりに文句も言わない、そういう人たちなのだから。

 あとはこの、フォスカー副学長さえ何とかすれば。



「……わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、例年通りに開催致しましょう。ただし」


 クロさんは、トン、と手元の資料を整えながら、


「どの学生を招くかは、僕が決めます。これまでも、学生の選出は前理事長がおこなっていた。そうですよね?」

「え、ええ…まぁ。しかし、クローネル先生は授業も受け持っておられるし、まだ経験も浅い。今年は、副学長である私が代わりに……」

「僕が」


 フォスカー副学長の言葉を遮って。



「僕が、決めます。いいですね。それとも何か、不都合でも?」



 にこやかに、しかし有無を言わさぬ圧のある口調で、バッサリと切り捨てた。

 それに気圧されたのか、副学長は「ぐ…」と小さく唸ってから、


「……わかりました。お願いしましょう」


 そう頷いて、胸ポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。

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