黒猫王子はメイドと踊る

河津田 眞紀

プロローグ

第1話 理事長はかく語りき I


「──魔法は、君たちの個性です」



 王立エストレイア魔法学院。


 このロガンス帝国内で唯一の王立学校にして、最大の魔法専門教育機関である。


 その、大講堂の中に。

 今年十五歳になる若者たちが、綺麗な隊列を組んで並んでいる。

 正確な数はわからないが、ざっと三百名はいるだろうか。

 緊張している者、期待に胸を膨らませている者、少し気怠そうな者。

 表情はそれぞれだが、皆、一様に。



「似ているものはあっても、誰一人として、君と同じ魔法を使える人間はいません。だから、自分の魔法に"誇り"を持ってください」



 大講堂に響き渡る声に耳を傾け。

 その声の主──壇上に立つ人物に、視線を向けている。


 若い男だ。一見すると少年とも呼べるくらいに幼い顔立ちをしているが、その雰囲気と佇まいからは、落ち着いた大人の風格を感じる。

 黒く艶やかな髪に、少し青みがかった夜空のような色の瞳。その妖しさを隠すかのように、黒い縁の眼鏡をかけている。

 端正な容姿、男性にしては低めの身長。


 その見た目通りの、中性的な声で、



「私たちは、君たちをより強い魔術師へと育て上げます。しかしそれは、決して国の軍事力強化のためではありません。

 君たちに才能を、可能性を、存分に発揮してもらい、もっともっと自分を好きになってもらうためです。

 教育とは、自分の強みと弱みを知り、それをどう活かし生きてゆくべきかを教えることだと、私は考えます」



 淀みなく真っ直ぐに、言う。

 しかし、あたしは知っている。

 彼が語る壇上の袖…幕に隠れるように待機するあたしだけは、知っている。

 彼が、後ろに組んだ手で『署名』を……

 魔法を、発動させていることを。



「だから、周りと比べる必要はありません」



 彼の足元から伸びる影。そこから、黒い霧のようなものが生まれる。

 よく見なければただ宙を舞う埃と見間違えるような、その微かな"闇のかたまり"が。

 彼を見つめる三百余りの若者たちの隙間を縫うように、漂い始める。

 視線を壇上に向ける若者たちは、誰もそのことに気が付かない。



「昨日の自分と比べて、今日の自分は、明日の自分はどうだろう。そんな風に考えてみてください。そうすれば…」



 にこっ、と。

 あどけない少年のような、無垢な笑顔で、



「ここを巣立つ頃には、皆さんはきっと、今よりももっともっと自分を誇ることができるようになっているはずです」



 笑う。


 そこで、演説は終わった。彼が静かに一礼すると、講堂内に大きな拍手が沸き起こった。

 手を叩く若者たちは皆、その目に感動と希望を滲ませている。

 雨音のように盛大な拍手を受けながら、演説を終えた彼は袖に控えるあたしの方へと下がってくる。

 それと同時に、若者たちの周囲を漂っていた"闇のかたまり"が。


 スッと、彼の影に戻った──

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