ビッグアトモスフィア そのⅥ

 さあ、どう出る? 俺は身構えた。その途端、俺の姿勢は崩れた。やはり体が思うように動かない。

 普通なら、これは致命的だ。だが俺は、それをあえて利用する。体で空飛の視線を遮って、水鉄砲を構える。魔法の弾丸もあるから、空飛が近づけば撃ち込む。

 だが空飛は…。小さな旋風を起こした。鎌鼬で来る!

 防がないと、切り裂かれる。俺は体勢を整えることは諦め、地面に腰を下ろすと、水の刃で迎え撃つ。

 風の威力は、そこまで強くない。水の刃は残ったが、風の刃は消えた。

「行ける…のか?」

 俺はそう思ったが、それは間違いだった。空飛の方に目をやると、竜巻を起こしている。

 やられた!

 今の鎌鼬は、陽動だった。まんまと隙を作らされた。

さっきと同じ展開だ。

 三百六十度、隙が無い。あるとすれば台風の目だが、風に邪魔されずに水を撃ち込むのは難しいだろう。

「マズい!」

 俺は慌てて腰を上げる。が…。

「いってぇ!」

 何かが俺の頭にぶつかった。その時俺の足元に、石ころが落ちた。

「さっきの仕返しだ。私の頭に水を当てただろう?」

 俺の姿勢は崩された。おぼつかない足でフラフラとしか動けない。しかも空飛は、風の力で小石程度なら持ち上げることもできるらしい。

「では…タイフーンをくらうがよい!」

 そのまま俺に近づいてくる…。俺は水の刃で抵抗する。

「おおおっ!」

 水の刃が風に当たると、風はきれいに切り裂かれていく。

 このまま、空飛に届かせる!

「危ない!」

 そう叫ぶと空飛は、後ろに下がった。

「今のままでは、私の負けだったな。そのウォーターカッターをプロセスしなければ、私の勝ちは程遠い。だが裏を返せば、それさえ解決できたのなら、私の勝利」

「くぅ…」

 よーくわかってるじゃねえか…。

 不意に、何かが俺に近づいてきた。俺が水の刃で切り裂いたそれは、空き缶だった。

「ゴミぐらい、捨てて下山しやがれ、この!」

 一見すると、俺は空飛の攻撃をきちんと防御できているようである。しかしそうではない。空飛の目的は、俺の体力を削ること。俺は、自分に向かって飛んで着る物に対して防御しなければいけない。だがそれにも体力を割かないといけない。

 また飛んでくる。ペットボトルだ。今度は水の球で撃ち落とす。次は紙パック。この山、ゴミが多くないか? それとも空飛がアポーツで出しているのか。どっちにしろ、俺の体力は一方的に浪費させられている。

「そろそろスータブルタイムか。粒磨、これで終わらせるぞ」

 まさかの終了宣告に、俺は動揺した。息こそ切らしてはいるものの、まだそれほど体力がなくなったワケではないのに…。

「後ろを見てみろ。そこにスケアリーとディスペアがある」

 俺は言われた通り振り向いた。

 だがそこには、何もない。しいて言うなら、水平線が少し、ゆがんで見えることぐらいか。

「何が言いたい?」

「私が、息を切らすためだけに空気の量を減らしたと思うか? 違うな。これは私のストラテジーだ。あそこに空気をため込んでおいたのだ。大量がゆえに、光にも多少インパクトを与えている」

 空飛の発言が本当だとしたら、俺はきっと、凄まじい空圧で遥か彼方に飛ばされてしまうだろう…。それだけは何としても避けなければ!

 落ち着け、俺よ。嵐の前は、海は静かになる。今が、そうだ。

 俺の中に、ある作戦が思いついた。

「どうせ飛ばされちまうんならよ、俺から行ってやるぜ!」

 俺は、地面を蹴った。そして空飛目掛けて飛ぶ。

「何をする? まさか、スーサイドか?」

 もちろん空飛は、台風を解除していない。だから俺の体は、風に乗って飛んでいる…!

「ぬううおおおおおおお!」

 そんな状況でも、水鉄砲を構えるのが俺だ。自分の進行方向に銃口を向けて、トリガーを引いた!

 俺の発想は単純だ。風に乗って、風と同じ方向に、水の球を撃ち込む。それなら周りの空気に邪魔されない。だが…。

「うげ! 吐きそうだ…」

 俺は目も回り、吐き気も覚えた。体が限界を俺に訴えている。

 だが発射した水の球は、少しづつ中心に向かって飛んで行き…。

「ぶああっ!」

 見事空飛に命中した。

「良し! これだああ!」

 俺は撃ちまくった。水鉄砲が空になってもおかしくないぐらいに。そしてそれら全てが風に乗り、空飛に向かって行き、命中する。

「どうだ空飛! お前の超能力を利用させてもらったぜ!」

「粒磨あぁ! 私が、これで、負けると、思っているかああぁ!」

 風が止んだ。空飛が台風を消滅させたのだ。俺は地面に叩きつけられて、その衝撃で水鉄砲が両方とも手から吹っ飛んだ。

「これでお前はアンアームド…。私の勝ちだ!」

 空飛が勝利宣言をした、まさにその瞬間、ポツポツと、雨が降り出した。

「馬鹿な? ウェザーリポートでは、今日は終日晴れのはずだ」

 俺も最初はそう思っていた。だが実際に雨が降り出した。俺にはその理由がわかっていたが、空飛はそうではないらしい。

「お前…台風ってよ、気圧が低いんだろう? 中学の理科で何を習った? 気圧が低いと上昇気流ができて、結果として雲ができる。じゃあここで雨が降り出しても、何ら不思議じゃないぜ!」

 しかも、俺が水を使いまくったから湿度も上がっているはずだ。空飛が空気を減らしていたことも付け加えておこう。

「お前の超能力の原理は厳密には、風の流れを操るんじゃなくて、気圧を操作して風を起こしているらしいな…。だから室内じゃ意味ないんだろうけど。風は気圧の高い方から低い方へ流れる…今ここは、誰かさんのおかげで空気が減ってるんじゃなかったか?」

「うぐ!」

 もう遅い!

 真沙子の時と同じだ。俺は降り注ぐ雨を、空飛に集中させた。

「あぐ、ぎゃああああ!」

 空飛の悲鳴が途切れるころには、その膝は地についていた。

「はあ、はあ、危なかった…」

 俺も息が完全に上がる寸前だった…。


 そして、お決まりの出来事が起きた。

「…で、また白い球体かよ…」

 もう見慣れたぞこれは。俺はそれが逃げていくのを見届けると、空飛を担いで下山した。

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