ケミカルウェイ そのⅤ

「…ということになる。明日、武炉氏孝が炭比奈粒磨を倒せば、全て丸く治まる。ご理解いただきたい」

「ふむ。確かに武炉なら負ける未来が見えないな。だが…」

 男はそう言って、話を変えた。

「だが世の中、何が起きるかわからない。それも超能力の一部…。鍵下、仮に武炉が負けたのなら、どうやって挽回をするつもりだ?」

 鍵下は、表情を変えずに、

「雷折空飛に出向いてもらう。それでも止められないようなら俺が」

「あの三人はどうする? せっかく支配下にしたのに使わないのはもったいないと思うが?」

 粒磨に負けた者、今戦っている者、そして鍵下、武炉、空飛の他にも、もう三人の超能力者がいる。

「癖が強すぎる。実戦には向かない」

「しかし強力な超能力ではある」

 そう言われた鍵下は首を傾げて、うーむと考えた。

「なら俺が、短時間で調整しよう。その分俺が炭比奈粒磨と戦うのは先延ばしになるが…。それで構わないのなら」

 男は無言で頷いた。

 鍵下はその教室から出ていった。携帯を取り出し、メールを打つ。


 呼び出されたのは、空飛。

「私にも手伝えと言うのか?」

「仕方ないだろう。俺一人では時間がいくらあっても足りない。それに武炉氏孝は、明日のために最終調整に入っているのだから」

「だが……」

 空飛が躊躇うのは、無理もない。明日は本来、粒磨と武炉の戦いを見届ける役割なのだから。粒磨の動きを観察し、超能力の特性や性質を事細かに分析して、鍵下たちに伝える。それが粒磨にバレずにできるのは空飛の超能力があってこそ。

「私も、武炉を信じていないわけではないが。もしも負けた場合、コーズの分析ができなくなる。それでもか?」

 鍵下は、言う。

「ここまで来て、新しい発見は恐らくないだろう。炭比奈粒磨は自分の超能力を最大限に発揮し、戦っている。言い換えればそれは、これ以上応用の仕様がないということ。そこから得られるものは、何もないだろう」

 鍵下の発言には、説得力があった。水を操る超能力は意外だったが、想像できない動きはなかったからだ。その時々に、適切な動きを取ることで、窮地を切り抜ける。それが粒磨の戦い方。新しい『何か』は、出てくるはずがない。

「しかし、勝負はどうやってチェックする?」

「簡単なことだ」

 武炉が勝てば、粒磨をここに連れて来るだけ。粒磨が勝てば、武炉の記憶が飛ぶだけ。

「ほほう、私好みのシンプルな手法だな。わかった。私もアジャストに力を貸そう」

 二人は学校を出て、次の目的地に向かう。

「ところで、烈児のリザルトはどうするんだ?」

「烈児程度で勝てるのなら、誰も苦労はしていない」

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