ケミカルウェイ そのⅥ
どういうことだ? 全く出会わない? すれ違ったりもしない。校舎自体がそこまで大きいわけじゃないのに、これは変だ。もう通れるところは全て、歩いたのに。
「烈児のヤロウ…。どこに消えた?」
外か? そう思って昇降口に向かったが、外履きはロッカーにあった。つまりはまだ、校舎の中にいるということ。
「体育館か?」
しかしそこは、戦いには向いてないことは明白のはずだ。烈児の超能力から考えるに、見えないところからの奇襲が一番だ。だだっ広い体育館を戦場に選ぶ意味は薄い。
「もう一度、探してみるか…」
昇降口には、校舎の地図が表示されている。それを確認し、目星を立てる。
「教室に隠れているのかもな。理科室辺りがアイツにとって戦いやすい場所か」
理科室には、この道を通って…。
「おいおいおいおい、そうか! 烈児はあそこにいる。間違いない!」
俺は確信した。
実は、まだ通っていなかった道があった。
それは、最初に烈児と戦っていた廊下。アイツが最初の位置に戻っているとしたら? 俺はそこを通ってないから、必然的に出会わない。
「逃げたフリ、か。アイツにしては中々やるじゃねえか」
全く、まんまと騙されたぜ。おかげで無駄に体力を消費しちまった。
だがこれからやるべきことは一つ。今から向かって、打ち負かすのみ!
俺は静かに、歩き出した。そしてあの廊下に向かう。一応教室も素通りしないで中を確認したが、そこに隠れてはいないようだ。
近づいて行くにつれ、ゴソゴソという音がする。何か、している。恐らくは罠か何か、仕掛けている。それが烈児の作戦か。俺がここに戻ってくるまでに、罠を仕掛け、戻ってきて罠にかけ同時に、一気に叩き潰す。
俺は水の球を海水で作ると、構えた。まだ烈児には気づかれてはいない。罠にはまる前に、カタをつける!
「何、粒磨…! もう戻ってきやがったのか!」
烈児はやはり驚いている。俺がここに戻ってくるまでに、もっと時間がかかる計算だったか。しかしその式は今崩れ…。
違う、何かが。違和感を覚えた。
俺よ、落ち着け……。湯呑の茶柱を崩さないように…………。
俺は、立ち止った。違和感が何か、わかったからだ。
「驚いている割にはお前、焦っていない。口調も心拍も乱れていないな。その表情は、演技だ」
だから違和感がしたのだ。そして俺の予想が正しければ…。
「ちっバレたか。だが、既に罠が作ってあることには、気がつけなかったようだな!」
やはり! その罠は、何だ? 俺は周囲を見回したが、それに該当すると思わしきものが近くにない。
「へ、俺の勝ちだな! これでもくらいな!」
一瞬だけ、烈児の視線が俺から外れ、目が上を向いた。
上か!
見上げると、ほんの少しだが天井が濡れている。既に薬品を、天井に…!
マズいぞ…。俺は上を向いている。銃口は烈児を向いている。
「ははは、はは! くらったな!」
次の瞬間、液体が俺を目掛けて落ちて来た。
「な…!」
しかも、俺の開いた口の中に。コイツ、体内から俺をボロボロにする気か!
「今度のは、塩酸だぜ。酸っぱいで済むかな? きっと大変なことになるぜ、はは!」
「あう、うう…」
液体なら、俺が操れないことはない。だがこれは毒物でもあるので、烈児の影響を受けないわけでもない…。俺は寸でのところで塩酸を超能力で止めた。今、目で烈児を追えないが、アイツはきっと俺のことを少しだけ動かそうとしているはずだ。俺にとって、この状態を維持するだけで苦しい。しかし烈児には何も差し障りがない。
「早く飲み込んじまいなよ、塩酸をよぉ!」
俺は…。水鉄砲を自分の口目掛けて撃った。
「はあ? 自殺行為とか、何やっちゃってんだよ?」
次に俺は、口の中の水を飲みこんでやった。
「お、おお…。マジでやるとは……。あれもしかしてこれ、結構ヤバいんじゃね?」
「その通りだな!」
俺が平然としているからか、烈児は驚いて、
「は、はあぁ? ちょっ、おま、塩酸はどうしたんだ? 無事で済むと思うなよ、やせ我慢してもカッコ悪いだけだぞ!」
烈児…。コイツの馬鹿さに救われたぜ。
「今俺の口に入れたのは、塩酸だったな。さっきお前が使ったのは、何だ?」
「何って、水酸化ナトリウムだろう?」
俺はあえて黙っていたが、烈児は何も言ってこない。
「気がつかないのか? 塩酸と水酸化ナトリウムを反応させてみろよ」
「何って、そんなのより強力な毒に…。いや、違うぞ? 確か…ちょうわ…」
「中和反応。今、それが俺の口の中で起こった! 塩酸と水酸化ナトリウムが反応してできるのは、ただの水と食塩! それは飲んでも、人体には何ら影響のない物質!」
もっとも、結構しょっぱかったけどな!
「クソが! だが、そんなに都合よく水酸化ナトリウムをお前が持ってんのかよ!」
「だからさっきお前が使ったんだろ! それに俺が水に吸収させたら、ほとんど置いて行っちまったじゃねえか、お前が!」
「ぐぬぬ…」
悔しそうな素振りだが、全部烈児のミスである。
「これはお前のおかげだぜ」
烈児は、まだわかっていない様子だ。ここまで言ってもかよ。
「お前が水酸化ナトリウムだの塩酸だのと一々口にしなければ、俺は負けていた。俺には液体だけ見て、何が何であるか判断する能力がないからな…。だが使うお前にはわかっていた」
無駄に情報を相手に与えると、こういうことが起きるんだぜ…。戦いは決して武力と能力で決まるものではない。情報も重要な要因の内の一つ。それを自分から相手に与えるとは、愚か者にもほどがある。
「まだ、負けたわけじゃないぜ! これを見ろ!」
烈児はビンを隠し持っていた。
「これを水で、かわせるかよ!」
ビンの中身を少し、俺に向かって巻いた。当然俺は、水鉄砲を撃ってガード…。
「何!」
俺の水が、弾かれた…? 弾かれて飛んだ水が俺の頬をかすったが、異常に熱くなっている…。
「これは…!」
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