ガラスの靴


それから

カンヌでの夢のような二日間はあっという間に過ぎ去り、日常に戻った。

「僕たちって、ほんとにカンヌへ行ったよね?」

そう確認し合いたくなるぐらい、カンヌは夢のようであり日常は現実だった。




しばらくたったある日

土方さんに自宅に招かれた。

「やぁ、久しぶりだね。その節はありがとう。助かりました」

「お久しぶりです。こちらこそありがとうございました」

食事をしながら、土方さんが話し出した。

「今日はね、君に伝えておきたいことがあってね」

「はい、なんでしょう?」

「カンヌでね、さくらくんにあるお願いをしたんだ」

「ミシェルさんのことですか?」

「あぁ、聞いているかい?」

「はい。頼まれて、お連れしたと」

「そうなんだ。さくらくんに頼んで良かった。彼はね、フランスで有名な実業家なんだが、気難しい人でなかなかコンタクトが取れなかったんだ」

「そうなんですね」

「私達も何度もアプローチしたんだが、なかなか応じてくれなくてね。さくらくんはたった一度で成し遂げた」

「そうだったんですね」

「それでね、このたび晴れて契約を結ぶことができました。本当にありがとう。君達のおかげだ」

握手を交わす。

「いえ、とんでもないです…」

土方さんはワインを一口飲んで続けた。

「キミは、さくらくんとずっと一緒にいて、何か感じないかね?」

「はぁ…幸せだなぁとは思いますが…」

「そう、幸せになるんだよ。彼女は『あげまん』だ」

「あげまんですか?」

そういえば心当たりがある。

以前の会社ではあまり評価してもらえなかったが、今の会社に変わって評価してもらえるようになり独立も視野に入るようになった。今の会社に転職をすすめてくれたのは、さくらだった。

「そうだ。私はさくらくんに似た人物をよく知っている」

「似た人ですか?」

「そう、私の家内だよ。彼女がいたから、私はここまで来ることができた」

「そうなんですね…」

「あの喫茶店のコーヒーがおいしいと私に教えたのも家内なんだ」

給仕にコーヒーを頼んで続ける。

「体が悪くなってね。もうコーヒーを飲みに行けないって寂しそうに言うもんだから、魔法瓶を持って分けて貰いに行ったんだ。あそこのご主人はいい人だよ。快く引き受けてくれた。それから毎週通うようになったんだ」

「それでさくらに出会ったんですね」

「そうだ。そして大きな契約が結べた」

「お役に立てて、さくらも喜ぶと思います」

「奥さんを大切にするんだよ。彼女は素晴らしい」

「はい、大切にします」

香りの良いコーヒーが注がれる。

「そこでだ」

土方さんはコーヒーを一口飲んで、人差し指をピンと立てた。

「さくらくんのあげまん度を、もうひとつ上げようと思う」

「はい…?」

「キミの独立に出資したい」


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