ディープインパクト


頭も心もふわふわしている。

昨夜のことは夢の中の出来事のようであまりハッキリしない。「山田さん、落ち着いて」と美香に何度もたしなめられた事と、優しくリードされたことを断片的に思い出す。幸福感と気持ち良さで白目だった。コンドームはきっちり2つとも消費していた。



僕達はスイート専用ラウンジで朝食を済ませ、チェックアウトぎりぎりまで部屋で甘い時を過ごした。もうそろそろ10時だ。名残惜しいけど、行かなくては。エレベーターでロビーに降り立つと、どこからか綺麗なピアノの旋律が聞こえてきた。



「あっ、結婚式だよ!」



美香は音のする方へ歩きだした。

昨日、僕達がスイーツビュッフェで利用したラウンジで人前式が行われていた。ラウンジは広く100席以上あり、中央にはグランドピアノが設置されている。旋律はここからだった。他にも奥に人工の滝があったり、テラスではガーデンパーティが準備されているようだった。



「素敵ね」



羨望の眼差しで呟く美香。

もしかして、ここまで全部折り込み済み?結婚アピール?違うよね?たまたまだよね?

そう言えば、最初に美香がこのホテルのビュッフェに行きたいと言った時、なんだかモジモジしていた───関係ないよね?

ソファに美香を残して、僕はフロントで会計を済ませた。



諸々込みで148000円───



惜しくない。それどころか安いもんだ。

僕の昨夜の体験はプライスレスだ。

間違いなく人生最良の日だった。



誇らしい気持ちでソファに戻り、美香の隣に座って結婚式を眺める。他人の結婚式なのに、なんだか感動的だった。僕達にもいつかこんな日が来るんだろうか?来ればいいな。いや、来させてみせる。

もう、僕には美香しか考えられないから。





翌週、僕は美香をリツに合わせた。

いつもの料亭で待ち合わせてランチ。

「なつかしー。久しぶりだなぁ」

リツが意味深にニヤニヤする。絶対に花さんの話題は出すなと何度も釘を刺しておいたけど、信用ならない。


「こんにちは」


襖が開いて、美香が入って来た。


「初めまして、美香です」

「初めまして、弟のリツです」


「いい女じゃね?」リツが小声で囁く。

僕は無言で押し返す。あれ?なんかデジャブ?リツを見た美香の顔が一瞬華やいだのを僕は見逃さなかった。いつもそうだ。リツはイケメンだからね。いいさ。慣れっこだ。


リツと美香は年が近いのもあって話は弾み、リツは約束通り花さんのことには触れなかった。良かったー。


「可愛い彼女でびっくりしたよ。兄貴、いつからそんなヤるようになったの?」


「俺はヤるときゃヤる男だよ。知らなかったのか?」ドヤ顔。


「知らん知らん。見たことねーわ。何だよ自分だけ幸せでさー。いつになったら藤木さんの家に行けんの?」


「あ、ごめん…」


あの日から一週間、仕事も手につかないくらい浮わついていた僕は、すっかり忘れていた。帰って藤木さんに確認とらなくちゃ。


「都合のいい日は?」


「最優先だからいつでもok」


リツはそう言うと仕事に戻って行った。






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