下克上漫才師
北乃ミエ
第一章 いじめられっ子の奔走
第1話 いじめっ子を見返したい!
蒸し暑くカビ臭い六畳の部屋は、東京が自分を必要としていないと証明するのには十分だと、
もうすぐ午後六時。大好きなアニメの再放送の時間だ。
この時間だけは自分の存在価値や将来の不安も、二十二時からの寿司屋のアルバイトのことなども頭から消え去るのだった。
テレビの中の架空の美少女達は惚れ惚れする程美しく、どうして現実には彼女達がいないのだろうとCM中に考えてしまい、アニメを見る時間さえ楽しめない自分に嫌悪した。
気がつけば夜七時。テレビはゴールデンの時間帯になっていた。
渡辺はチャンネルを変えると、
「さあ今日も始まりました!キンキラ
「あっ…」
そこに映ったのは三ツ星というお笑いコンビ。ボケの
~小学生の頃の回想~
「お前さあ、ここでパンツ脱いでみろよ。そうしたら許してやる」
ある日、渡辺は不注意で三橋の筆箱を落とした。その中にあった練り消しは何処かに転がってしまい、行方不明になった。
ただの練り消しだが、幼き頃の三橋には丹精を込めて作ったものであった為激怒した。
三橋は、渡辺に校庭のグラウンドの真ん中でパンツを脱げば許してやると小学生特有の理不尽な要求をしてきたのだった。
渋る渡辺に三橋は嫌気が差し、三橋はズボンごと脱がした。
「わっ!やめ…!」
「ポコチーン!」
「あはははははは!」
周りのいじめっ子がゲラゲラ笑い始める。その様子を見ている人達もちらほらいた。その中には渡辺が好きだった、中村さんもいて、渡辺は恥ずかしさと情けなさの感情が入り交じり、わーっと大きな声で泣き叫ぶ。笑い声は更に響き、自分の声と奴等の声しか世界に音が無いような気がしていた。
その後のことは何があったかよく覚えていない。
ただはっきりと初めて自殺をしようかと考えたのは覚えていた。他にも数えきれないほど、ほぼ毎日いじめられた。
そんな奴が芸人になり、人気者になっている世の中は絶望以外の何者でもなく、渡辺は早く日本が爆発して、みんな血だらけになって、自分以外は死ねばいいのにと思っていた。
◆
「はあ…もうこんな時間かよ」
漫画を読んでいたら、いつのまにか夜九時半。
今日風呂に入っていなかったことを今更気付き、急いで顔を洗い、ウェットティッシュで体を拭き、カロリーメイトを加えながら外へ出た。
目の前に広がる阿佐ヶ谷の景色は、今日も変わらず賑やかに人が歩いていた。
渡辺はいじめられたことの反動と悔しさで、絶対に有名になって見返したいと思い、大好きなアニメの声優になろうと決意し、大学三年の時に一念発起して退学をした。そして地元の埼玉県の熊谷から東京の阿佐ヶ谷へ上京したのだった。
そのことを古くからの友人に電話で「声優になる」と報告をすると、「大学辞めて製油会社に行くの?」と真面目に質問をされてしまい、渡辺はとても恥ずかしくなった。
二十五歳の現在、代々木の声優養成所に通い、家賃四万五千円の築四十年のアパートに住んでいる。実家からの仕送りは家賃分貰っているのが、後の生活費は自分で稼いでいた。
週三で六時間のカフェのバイトと、週三、三時間の寿司屋のバイトのみで、生活はギリギリだったが、演技の練習時間を確保したいがために、そんなスケジュールで生活をしていた。
渡辺は、二十八才までにプロになれなかったら死ぬ覚悟で上京をしていた。実は遺書も書いており、叶わなかったら清く中央線の快速電車で死ぬことを考えていたのだった。
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