漠北哀歌
政宗あきら
漠北哀歌
既に東にある
願わくば我、小を以て衆を討たんと欲して与えられた
李陵率いる小隊が都を後にし、北行を経ること四十余日。
最も多くの死者を出した夜、既に生きて故地を踏めぬと悟る兵達に、
夜闇の中、月の明かりを避けながら、李陵は身を屈めて歩を進める。片手は常に石や砂にあて、踏み入る音さえ消し入ろうとする慎重さである。白く灯る息遣いさえ疎ましく、出来うる限りに瞳孔を広げ、短刀を腰元に帯び、単于の
やがて
その迷いを逃さぬかの様に、後ろから砂礫の鳴る音が近づいて来た。静かに短刀を抜いて振り返れば、胡兵の一人がこちらへ近づきつつある。咄嗟に身を隠そうとしたが、勢い余り足元の砂が滑る。伸ばした
目が開いたとき、瞳に映ったのは星を横切る
悠然と
峡谷に吹く寒風をも跳ね返す
直感した李陵は腰元へと手を伸ばしたがそこに
この事態には流石の李陵といえども困惑した。敵の王が眼前におり、話をしようと言うのである。そして、その声には何の裏も――
逡巡の後、李陵は砂の上に座した。発した言葉は幾つも無いのだが、
やがて胡兵の持つ松明の近づきが見えた時、男はその身体を立ちげた。明日からまた殺し合いが始まるのは詮無きことだが、殺すにしろ殺されるにしろ、こうして話をしたかったのは本当だ。武運を祈らんと語り、夜闇へと静かに消えて行った。
それから李陵は、来た時と同じ様に慎重を期し、自らの幕へと戻り着いた。幕僚達は皆、先程と変わらぬ様子でその帰りを待っていた。彼らに暗殺が不可であったことを告げると、次いでその覚悟を口にした。その顔は、夜よりも深い底を見つめている様であった。
月の落ちた頃、李陵率いる全軍は匈奴の不意を衝いて峡谷へと駆けた。最も近い
やがて気が付いた敵の追撃に遭い、大部分が討たれ或いは捉えられた。しかし数十人は混戦の中で
その部下の数を確かに数え終えると、李陵は只々声を上げて行けと命じた。こと此処に至っては最早天子に、そして家族にも
漠北哀歌 政宗あきら @sabmari53
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