112:微笑ましいという名の感情による自己防衛は、ふたたび。

 メニューを決めて、注文して。


 話したことといえば、なにを話したんでしょう。はじめてふたりきりで会うわりに意外とぜんぜんぎこちなくない、そんな空気感ばかりが思い出されて、そのことじたいはほんとうによく覚えているのに、肝心の話題というのがほんとうにあまり覚えていません。

 ただ、出会ってから二か月も会わないのははじめてだったわけで。近況の話がメインだった記憶はおぼろげにあります。例の、演劇部にかんする心のちょっとしたちくっとした感触も、あのときたしかにあった記憶がありますから。


 そんななかでも、ひとつだけ明確に覚えているエピソードがあります。

 それは、彼が、彼女さんの話をすごくしてきたことです。


 あのときは後輩くんと後輩ちゃんはまだぜんぜん仲よしで、うまくいっていたそうです。

 デートとかするの、と尋ねると、向こうのおうちが厳しいから、ときどき休日に散歩するくらいだ、と。へえ、どこを散歩するの、と尋ねれば、近所にある大きな川の土手を歩くんだ、と。

 それに加えて、平日はいつも彼女さんといっしょに歩いて帰ることにしている、と。一日たった数十分の時間だけど、それをだいじにしている、と。



 部活のあとに並んで仲睦まじく帰るふたりのことを、私はビジュアル的にもとてもリアルに想像することができました――ああ、だからこそ、微笑ましい、微笑ましいって思わなくっちゃっていうのは、いまならわかる。私の、私なりの自己防衛だったのだと――。

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