第198話 魔王城【其の三】

 広大な芝生の敷地に魔王城は囲まれている。城を交差するように四本の道路が交差しており、その道ごとに名前が付けられていた。


「食料店が多くあるのが黒の街道にゃん」


 魔王城を出て少し歩いたところで、アナベルさんは俺にそう言った。


「馬車は使わないんだな」


 目新しい建物を眺めつつ、彼女に聞いた。


「魔王城の近くに建っている店は品揃えが良いので、馬車を使うまでもないのにゃ。おっちゃん様は、どの食材がご所望にゃ?」


「新鮮な卵と肉は一番最初に買いたい。果物や野菜は見ながら選ぶよ」


「わかったにゃん、全部の食材がそろいそうな店を紹介するのにゃ」


 アナベルさんが笑顔を浮かべる。


「助かるわ。この街を見て不思議に思ったのが、ここの住人はアナベルさんみたいな魔人ばかりでなく、ドワーフやリザードマン、エルフなどの種族も多く見かけるのは、どうしてなんだ」


「この街全体は魔王城の一部なんだにゃ。魔王国というのは無く、ただ魔王様に付き従いたく思う人々が寄り集まって、この城が広がったのにゃ」


「魔王様って凄いな……」


「魔人国総てを取り仕切っているのだから、当たり前のことを言わないで欲しいにゃ」


「で、魔王様ってどの種族なんだ」


 聞きたかった事を、続けざまに二度、三度とアナベルさんに聞いた。


「魔王様は魔王様だにゃ……魔王様の世継ぎが生まれたら、それが次の魔王様になるのにゃ」


 それが然も当たり前のように答える。


「では、魔王様は独り身になるのか」


「お前まさか狙っているのかにゃ!?」


 俺が笑いながら話したのを聞いたアナベルさんは、眉をひそめる。


「なはは、そんな訳ね―だろう。ただ百年前、魔王様が代替わりして、ここまで発展したと聞いたのでな……」


 俺は慌てて、言葉を足した。


「今の魔王様は偉大なお方ですにゃ! 全ての魔人国を従えて、こんな平和で素晴らしい街や文化を、どの国にも築き上げる功績を残したにゃん」


 アナベルさんが尻尾をピンと立て、胸を張った。


「お前の主は、本当に凄いのにゃ」


「ま、真似するでにゃい! あの店がそうにゃ」


 彼女は腕を組み、ムッとした表情を見せ、近くにある大きな建物を指差した。俺たちが入店すると、店内から美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくる。中の様子はデパ地下そのものだった。小さく区分けされた食料品店が幾つも並び、買い物客が狭い通路で肩をぶつけるように、食材を選んでいた。俺はアナベルさんが紹介してくれる店で、食材を吟味しながら、食料品を買いあさる。次第に両手に抱えた荷物が増えていく……。


「これだけ買うと、持ち帰るのが大変になりそうだ」


 ズシリと肩に響く荷物を一端、床下に置いた。


「それは安心するにゃ、荷物は店に預ければ、すぐに城まで届けてくれるにゃん」


 アナベルさんはそう口にする。


「それは便利だ」


「当たり前なんだにゃ、ここも魔王城の一部だからにゃん」


 それを聞いてすぐに荷物を預ける。そうして、この店だけで、魚から肉まで全ての食材を買いそろえることが出来た。


「思ったより早く買い物を済ますことが出来たから、何か軽く食べていこう」


 軽い気持ちで彼女を誘ってみた。


「それは嬉しいにゃ! おっちゃん様は何が食べたいのにゃ」


 断られるかと思っていたら、簡単に食い付き苦笑する。


「口に入れば何でも良いぞ。アナベルさんの食べたい店にいくのにゃん」


 今度は、彼女は何も言わずに、機嫌良く店から飛び出した。


             *      *      *


「この店にするのにゃ」


 店に入って先客が食べている物を見ると、パンケーキが売りのカフェだった。俺たちはテーブルに着くと、給仕がお品書きを手渡してくれた。


「どれも美味しそうで、凄く迷うにゃ」


 猫のような瞳を瞬かせ。お品書きに目を通す。


「俺は同じ奴で頼む……飲み物は甘くない、冷たいのを注文してくれ」


「了解したにゃん」


 給仕が持ってきたのは、パンケーキにフルーツが沢山乗って、その上にたっぷりと蜜が掛かったスイーツが出てきた。


「この店で、いま一番人気なメニューにゃん」


「フルーツがどっさり乗せられて、旨そうだな。蜜以外で、クリームや氷菓子が乗っているパンケーキも食べたくなったぞ」


「ニャハハ、それはなんだにゃ」


 アナベルさんが呆れたふうに言う。


「しらないならそれで良い……そういや、魔王様の好きな食べ物を聞かせてくれ」


 俺はアナベルさんと顔を合わせて相談を持ちかた。


「なんでも食べるにゃん。とくに嫌いな食べ物はないにゃん。料理長が、つくり甲斐のない魔王様だと、時々ぼやいているのにゃ」


「はははは。毎回、不味いと言われるより、辛いかもしれん」


「私なら今日買った高級獣肉が毎日食べられたら、幸せにゃんだが」


 尖った耳をぴくぴくと動かして、そう口にした。


「そこは魚と言って欲しかったぞ」


 俺はちょっと残念そうな顔をしてみせた。


「魔王様と同じ事を、おっちゃん様にも言われたにゃん」


 彼女は口を尖らせて言う。


 パンケーキを食べ終えた俺たちは、魔王城に戻ることにする。とりとめのない会話を続けながら城に到着すると、食材の方が先に着いていたことに驚いた。

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