第170話 亡国の姫君【其の十三】

 ギルドから出た俺とスカーレットは、横並びで辺りを警戒しながら帰路につく。同じ道だというのに緊張からか、いつもの見慣れている景色が、全く違って見えた。建物の角を曲がる度に、フードを被った男たちが、襲ってこないか警戒してしまう。もうすぐ我が家に到着する最後の道に差し掛かったとき、四人の不審者が家の周りを彷徨うろついているのが、遠目からも分かった。


 俺たちの前から四人のフードを被った、ドワーフと思しき三人と、リザードマンだと分かる、明らかな大男一人がゆっくりと近づいてくる。思ったより早く、獲物が餌に食いついてきた事に気持ちを引き締める。彼らがスカーレットの知り合いではないことを、彼女の手から出した合図を確認し、薙刀をしっかりと持ち直す。


「すまないが、そこの女性を渡して貰えないだろうか?」


 やんわりとした口調で、ドワーフの一人が、俺に声を掛けてくる。


「悪いが人違いではないでしょうか……娘に何か用事でもありますか?」


 丁寧に答えを返した。


「ははは……貴方は人間のおっちゃんさんだろう。リザードマンを娘に持つ人間なんて聞いたこともない」


「この美しいうちの娘が、どうしてリザードマンに見えると言うんだ」


「ああ失敬……彼女が魔法で姿を変えているのは、お見通しなんですよね。こんな茶番を続けるのは、もう止めにしませんか」


 ドワーフの顔色が変わった。


「ばれてーら! で彼女を渡さないと言えば、俺はどうなるんですかね」


「どうもしませんよ……今から食事が必要なくなるだけです」


 ドワーフは獰猛どうもうな笑みを浮かべた。彼の横のドワーフが俺にボーガンを突きつけ、矢を放とうと構えている。


「くくっ、この弓で死ねるなら本望だろう」


 一瞬「ヒュン」矢の発射される音が聞こえた気がする。「ドブッ」……今度は確実に肉が刺さった音が聞こえた。


「ううっ……」


 矢によって倒れたのは俺ではなくて、ボーガンを構えた男の方だった。続けて他の三人も背中に矢を受け、地面に突っ伏して動かなくなった。


「お前らが来るのが遅すぎて、死ぬかと思ったぞ!!」


 オットウに、俺は怒声を浴びせた。


「正義の味方は、ギリギリで登場するのが決まりだ」


 ウヒヒと笑った彼の横には、コブクロと彼の手下一人が、矢を抱えて立っていた。


「良い腕をしているぜ、助かったよ」


 三人に感謝の言葉を口にする


「簡単な仕事をくれて、こちらこそ礼を言わせて貰う」


 コブクロは、頭を軽く下げた。


 彼らとの連携が上手くはまり俺は完全に油断していた……。死んでいたと思っていたリザードマンが、足下から急に立ち上がる。そうして尻尾が、俺の胸を直撃し、俺の身体は大きく吹き飛んで、地面へと叩きつけられてしまった。


「ぐへっ!!」


 胸当ての上からとはいえ、身体に大きな衝撃が伝わる。


「おっちゃん! 大丈夫か!?」


 オットウが叫ぶ!!


「だ、大丈夫だ……」


 俺は力なく返事を返した。


「貴様たち、よくもやったな!」


 ドスの効いた、低くしゃがれた声をリザードマンは出した。コブクロたちは手に持っていた弓矢を投げ捨て、腰から剣を抜きはなった。


 リザードマンが雄叫びと共に、手にした大剣を振り下ろす。コブクロはギリギリの所でそれを躱す。その隙にオットウが腹部を狙い剣を振ったが、リザードマンに致命傷を与えるほど深い傷を付けることは出来なかった。


「ちっ……此奴は堅い鱗で覆われていやがる」


 オットウが舌打ちをしながら間合いを広げた。しかし相手も彼に向かって突っ込んで来た。大剣がオットウの頭を狙って、振り落とされる。彼は刀でなんとか防ぐが、力負けして体制を大きく崩した。


 リザードマンは、倒れたオットウの顔を目掛けて、刀を叩き付けてくる。「ギャン」金属同士の擦れ合う音がする。薙刀で大剣を何とかぎりぎりの所で防ぐことが出来た。しかし剣の重さに押され始めた。


「ぐぬぬぬぬ。早くこいつをどうにかしろ!」


 助けに来ないふたりを罵るように、大声を上げた。その言葉で目が覚めたコブクロと手下が、リザードマンに攻撃を仕掛けた。


 が――


 リザードマンの太くて長い尻尾に足をすくわれ二人は転倒した……。その力が緩んだ隙になんとか大剣を弾き返したが、この戦いに勝てる気がしなかった。


「オットウさんよ……ちょいとヤバイんでないか」


「ああ、気が合うな相棒……すまないが頼みがある。奴の腹につけた傷を、もう少しだけ深くしてくれないか」


 そう言うと、オットウは俺を盾に後ろに下がる。


「ちっ!? 難しい注文をしやがるぜ」


 薙刀を握りしめ、リザードマンとの間合いを詰めていく。体格差はあるものの、まだ大剣が自分に届く範囲ではない。俺は柄の先を持ち、素早く腹の傷口に向けて、刃を横に振った。「ピシ」と傷が避ける音がして、腹から血が流れ出す。致命傷を与えるには至らず、リザードマンからすれば只の擦り傷に近かった。


 そこに小さなナイフが投げ込まれ、上手く命中した! 否。刃先が刺さったように見えたが、直ぐに抜け落ちた。リザードマンは大剣を容赦なく振り回し、俺は防戦一方となる。ただし端から見れば、よく防いでいると褒めて貰いたいぐらいの動きはしているのだが……。俺は横目で助けてとばかりにコブクロと手下を見ると、立ちはしているものの、まだ加勢出来るほど回復していなかった。


 絶望という二文字が頭の中に浮かんだ――


 リザードマンはそれを見透かしたかのように、剣を大きく振り下ろしてくる。やられたと思った。しかし振り下ろされた剣は、俺の頭を割らずに、地面をえぐった。そうしてリザードマンの身体が何故かぐらりと崩れ、地面に膝がついた。


「おっちゃん、今だ!!」


 俺はその合図と共に、リザードマンの腹に、薙刀を押し込んだ。ズルルと肉を引き裂く振動が、手に伝わってくる。


 リザードマンが悲鳴を上げる。俺は腹から刀を引き抜いて、もう一度突き直す。腹からは大量の血が流れ、リザードマンが血の海に沈んだ。俺たちは暫くの間、此奴が再び立ち上がらないかドキドキしながら遠巻きで眺めた。


「おい、とどめを刺しに行けよ!」


 俺が、オットウを、薙刀のこづく。


「なに言ってんだ、此奴を倒した功労者は俺だぞ」


「はーん、ちんけなナイフをちょこっと投げただけで功労者とは……」


「そのちんけな毒のナイフで救われたのは、何処の誰ですか」


「おいおい! 子供の喧嘩は止めにしろ!」


 そう言って、コブクロが仲裁に入る。


「「じゃあ、お前が確認しに行けよ」」


「断固断る!!」


 四人は大声で笑い転げた――


 そんな様子を見ていた、蚊帳の外に置かれていたスカーレットは、まだブルブルと震えていた。俺たちはこの後、まだ拠点に残っているであろう、暴漢者をどうやって襲うか話し合う。俺は彼女を守るため一緒に行動するか、少しだけ迷う。何故ならこれ以上彼女に修羅場を見せたくなかったからである。だからといって、一人で家に置いとく事は流石に出来ないので、ギルドの酒場で待って貰うことにした。


            *      *      *


 俺たちは、彼らが拠点としていると思われる、森に入った。するとガキの言った通りの場所でテントが張られ、二人のドワーフが退屈そうに喋っていた。俺たちはその様子を暫くの間、茂みの中から観察し、この拠点には二人しか残っていないと結論づける。


 コブクロと手下が弓で、ドワーフを狙う。静かに放たれた矢は、しっかりと彼らの胸に命中し、地面に崩れ落ちたのが見えた。テントからは誰も出てこないのを確認して、オットウがゆっくりと拠点に近づき、大丈夫だというサインを俺たちに送った。


「これで依頼は終わりだな!」


 オットウは、ウヒヒと笑う。


 彼らは嬉しそうにテントと、遺骸から死体漁りをしている。「おお! 結構値の張りそうな宝石が、服の裏に縫い付けてあったぜ」そんな声を聞きながら、切り株に腰を下ろし身体を休めた。


 オットウが不思議そうな顔をして、彼らの持ち物であったボーガンを弄っていた。


「ふーん……良く出来た武器だな」


俺はそれをオットウから奪い取った。


「なにしやがる」


「悪いがこの武器おもちゃは、この国に広めてはいけないやつだ」


 オットウは俺に不満そうな顔を向けたが、稼ぎも悪くなかったようでこれ以上何も言わなかった。俺はボーガンを、拠点にあった焚き火の場所で燃やすことにした。もちろん最初に襲撃にあったときのボーガンも、回収したのは言うまでもない。


 彼らの仕事も一段落したのでテントと死体を片付けて、タリアの町に向かうことにする。


「分け前は本当にいいんだな」


「ああ、約束だからな。使えるか分からないが、魔人国の通貨は頂いたし、命が残っただけで十分だよ」


 俺はそう言って、彼らにうそぶいた。

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