第134話 ドラゴニア王国【其の五】

「どこから話せばいいかしら」――


――――そう言って彼女は語り出した。


 リザードマンの祖先は竜だと伝えられている。それが信仰として、リザードマンは竜に仕える事によって、来世は竜に生まれ変われると信じられていた。だから信者である彼女は無償で、竜王のメイドとして使えているという。もちろんこの信仰は一部のリザードマンだけの話しである。


 そしてこの話は竜族の歴史に繋がっていった。


 百年前の竜族は大きな町を作ったり、集団生活はしていなかった。竜はこの世界の頂点に立つ種族であり、勝手気ままに生きていた。お腹がすけば魔獣を狩って腹を満たし、何か欲しければ他種族を襲って奪う。そんな生き方を数千年続けていた。力が上下関係を支配し、宝を沢山蓄え守ることこそが彼ら竜の性質であった。しかし、新しい魔王が誕生してその生活が一変した……。


 若い竜たちが、新しい魔王に戦いを挑んだのである。以前の魔王に力が通用しなかったが、新魔王ならどうにかなると挑発した。けれども彼らは簡単に魔王に殺されてしまう。そこで話は終わらなかった。殺された竜の親族たちが次々と魔王に襲いかかった。一匹で、簡単に町を落とすほどの力を秘めた成人した竜たちだったが、魔王には歯が立たず返り討ちに遭う。遂に徒党を組まない竜まで巻き込み戦争が起こった。竜のトップである黒竜と白竜が筆頭となり魔王に攻撃を仕掛けた。竜族の圧勝と思われたその戦は、魔王が竜族を虐殺するという形で戦争は終焉を迎えた。その戦で千頭以上いた竜の四分の三が消えたという。今の竜王様は戦争に参加しておらず、その竜族を筆頭にまとめ上げて、作った国がドラゴニア王国だった。


 竜族の支配者となった魔王様は、彼らに対し集団で生活することを命じた。今までは気にいった所に、単独もしくは小さな家族だけで巣を作り、宝を溜めて暮らしていた。魔人の中でも、かなり原始的な生き方と言えた。その竜たちが、敗戦によりドワーフによって作られた町に押し込められて生活を続け、信者であるリザードマンに生活を支えられながら生きていくうちに、(料理という)文化に取り込まれていくことになる。今までは生肉や野草をただ食べていた竜族が、調理された味付けの食べ物にあらがえるはずもなく、料理の虜となる。 


 リザードマンの食生活が主流になると、力を誇示するための身体の大きさが、逆に邪魔になり小さいままでの生活が彼らの基本になってくる。そうして暮らしやすいように、ドワーフ国から職人を呼びつけ、国を作り上げていくことになった。彼らがいままで溜めてきた宝は膨大な量であり、しかも、戦争で亡くなった竜の財産を含めれば尽きることはまずあり得ない。そうして今のドラゴニア王国が出来たのである。


 ドワーフ王国やエルフ皇国より文明が遅れているのは、彼らが長命種であり時間の感覚のずれであった。彼らにとって百年などそれほど長い時間ではなく、町作りなど自分たちが生活出来ればどうなろうと気にも留めなかった。ドワーフに丸投げして、町がゆっくりと出来上がったのである。そして、もともと持っている引きこもり体質が、屋敷の中で十分発揮され、何不自由ない生活に溺れていくことになる……。


 彼らは食事を楽しむだけで満足しており、他種族のような娯楽というものにまだ触れてはいない、文明がまだ始まったばかりといっても良かった。その弊害が子供がまったく誕生せず、小さな町の単位で国が収まっている。この百年の間王族から子供が産まれたことは無かったのである。


「マジか……」


 と、呟いて眉根を寄せた。


「おっちゃんよ……この話を仲間に話しても、到底、信じて貰えないよな」


 彼女は苦笑いを浮かべて返す。


「それでは、御子の誕生は、とてつもない大イベントではないのか!?」


「はい、そうなります……ただ御子様の卵が行方不明になったことは、殆どの竜族は知りません。子供の誕生は、数年掛けて孵化することも珍しくはないので、御子様が産まれるまでは、とくに騒いだりはしないのです」


「今回の『継承の義』なんて国民全員が祝ってもおかしくないはずなんだが」


「普通はそうですが、まずは御子様が継承の義を成功させ、お披露目になると思います」


「し、失敗もあるのかよ!?」


 それを聞いて、俺は思わず驚嘆の声を発した。


「し、失礼いたしました……私も『継承の義』に関わるのは初めてなもので、よく知らないのです……」


 そう言って、彼女は頭を深々と下げて謝った。


 レイラはドラゴニア王国から、タリアの町にソラを連れ帰ることを想像する。


「……オレたちは生きて帰れないかもしれないな」


「だな……」


 二人の間に重苦しい沈黙が流れる。それを打ち消すために、苦くなった酒を一気に飲み干した……。

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