第135話 ドラゴニア王国【其の六】

 買い物を楽しもうと店を回ったが、気に入ったものが殆ど見つからなかった。何故なら商店といっても食料雑貨店を除けば、リザードマンやドワーフの生活用品を扱う店しか無く、宝飾品や武器を売っている店は何処にも見あたらない。当たり前のことなのだが、どちらも竜族には全く必要のない店だったからである。


 そこでタリアの町で売っている服は高いので、服屋を巡ることにした。手頃な値段で買える服と言えばドワーフサイズだったり、リザードマンが着る仕事着しか扱っていなかった。竜族の服屋に至っては、ほとんどオーダーメイドでしか扱わず、高すぎて手も足も出なかった。最終的に、ローランツ王国より格段に質が良く、値段も安い下着を、二人で大量に買い込んで買い物が終わってしまった。


 結局、ソラが戻ってくるまで時間を潰すには、食事処か、飲み屋の二択しか選択の余地はなかった―――


 ――――「「「乾杯ーーーーーーーい!!」」」


 アリッサさんのお薦めの酒場で、真っ昼間から酒盛りをする。昨日はお酒を断った彼女だが、酒場では野暮なことは言わず付き合ってくれた。


「さすが、お勧めの店だけあって、この時間だというのに席が埋まっているぞ」


 ほぼ満席状態になっている店内を見回すと、ガテン系のドワーフ、エプロンドレスや燕尾服を着たリザードマンが各々のテーブルを囲み酒を飲んでいる。


「美味ーーーーっ!! この冷やしたビールは最高だな!」


「何杯もいけるな」


 俺たちはジョッキではなく、テーブルの上にピッチャーを置いて、そこから並々と酒を注いで飲んでいる。異世界あるあるなら、なんて透明で美しいガラスなんだ! と容器をべた褒めするのだが、酒飲みの前では只の容器にしか映らなかった。


「そういえば、ドワーフとリザードマンって戦争していたが、一緒に暮らしていて大丈夫なのか?」


「よく知ってますね。私たちは信者なので戦争には、ほとんど関わっていないので、ドワーフに対して思うことは何もないんです。ただあの馬鹿王子たちが、まさかチビ種族に完敗するなんて笑うしかないです……」


 近くで飲んでいるドワーフに睨まれてしまった。


「ドワーフってつえーんだな!」


 レイラが空気を読んでフォローしたつもりが、話しが膨らむ。


「うーん……噂なんですが、ドワーフ王国に新兵器を入れ知恵した人間がいたとかで、勝ち戦が引っ繰り返されたんです」


「へえそうなんだ、それはかわいそうなできごとだよな」


 目を泳がせながら、震える手でピッチャーからお酒をついだ。


「私たちの国って、竜族と考えが似ているんですよね。力こそ正義、そして財こそ力って。ぶっちゃけると底辺のリーザードマンにとって、夢も希望もない国なんです」


「だから宗教に走るってか」


 俺は身も蓋もない言葉を吐いた……。


「でも、竜王のメイドなんて、アリッサは勝ち組だと思うぜ」


「にへへ、そう思いますか~。串焼き十本追加ね! あと生ビール」


「なな、生ビールってなんだよ?」


 レイラの顔色が変わる。


「最近、ドワーフが持ち込んで造ったビールだよ~これがはまっちゃうんだよね」


「「生ビール持ってきてくれ!」」


 俺とレイラの声がハモる。給仕が忙しそうにしながら三人分の生ビールをジョッキで運んでくる。俺はテーブルに置かれたジョッキから溢れる泡を見て喉が鳴る。まさか異世界で生ビールが飲めるとは思いもしなかった……。


「では、改めて乾杯ーーーーーーーーい」


 透明なジョッキから飛び散る泡が懐かしく思えた。


 酒が進むと悪意のあるゴシップで盛り上がる。


「竜王の卵を落とすなんて、落とした竜って間抜けすぎて笑えんよな」


「オレも竜に運ばれたときは、冷や冷やもんだったな」


「レイラは乗って直ぐに寝てたじゃねーか! あっ、おねーさん生一丁、追加ね」


「オレも生でお願い」


「卵を落とした人って、おっちゃんも知っている人ですよ」


 アリッサさんは悪い顔をしながら、少し声を潜めて言った。


「「えーーーーーっ!?」」


 酒場に声が響く――


「アリッサ、勿体ぶらずに教えろよ」


 俺とレイラは、二人して彼女の前へ身を乗り出した。


「うーーん、私が喋っちゃったら、上司に怒られてしまうしぃ~」


 彼女は口に泡を付けながら、身体をくねらす。


「俺たちがばらさなければ、どうってことないさ」


「うーん……じゃあ、このお酒頼んじゃっても良い?」


彼女は可愛く笑って、通常のお酒の値段にゼロを二つ追加したメニューを指差した。


「頼んじゃって! 飲んじゃって!」


 俺は手を打ち鳴らす。


「頑固ドワーフの古酒、三十年ものをお願いします」


 給仕が店の奥から大切そうに瓶を抱えて持ってくる、そうして透明なグラスに、琥珀色のとろりとしたお酒が注がれる。


「オレもそれ頼もうかな……」


「流石に持ち金が怪しくなるので却下だな」


 レイラが仏頂面をして、物欲しそうにアリッサのコップを見つめた。


「レイラたんに一口だけ飲ましてあげちゃいます」


そう言って、口に含んだ酒をレイラに流し込んだ。


「くーー喉が焼けるように熱いぞ!!」


 彼女はおっさんのような声を上げた。


「で、卵を落としたバカって誰か教えてくれよ」


 話しを一気に核心に戻す。


「仕方がないですね、それは――――さんです」


その名前を聞いた俺たちは、一瞬で、酔いが冷めてしまった。




※  予想の書き込みだけは禁止と、おっちゃっは言っております。

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