第121話 ソラの正体見たり枯れ尾花

 玄関の呼び鈴が鳴ると、真っ先にソラが迎えに出る。誰もやりたがらない仕事を進んでやってくれるのは嬉しいが、ドアを開けることは出来ないので役には立っていない。居間で寛いでいる三匹の雛たちは、誰も出向こうとはしない。結局は俺が重い腰を上げ、ソラがお客に飛びかからないように抱き上げる手間だけ仕事が増える形になっていた。


 ソラを抱えながら扉を開くと、ターニャが遊びに来ていた。彼女は挨拶もそこそこに、ソラを見ながら表情を歪めた。


「なんじゃ、その生き物は!?」


「俺の子供だけど何か」


 俺はソラを抱えながら、しれっと答えた。


「しても、顔はちっとも似とらんのお」


「母親に似てしまったからな! ちなみに名前はソラだ」


「キュキュキュキュウーー」


「こんな所で立ち話もなんだから早く上がれよ」


「悪いが、妾はここでしか話すことが出来ない」


ターニャの声がいつもとは調子が違った。


「何の問答かサッパリ分からんぞ?」


「お前が抱きかかえている子供は、何の種族か知っておるのか」


「種族ってお前……見れば分かるがトカゲだな」


 ターニャは首を横に振り――――


「竜族だ!」


 ずばり言い切った!!


「竜族!? 笑わせるなと言いたいが、その線は考えてはいた……本当なのか?」


「高貴な生まれの竜じゃの」


「ハハハハ、ソラは山で拾った卵を俺が暖めて生まれたんだぞ。竜だとしても高貴な卵が、そんな場所で落ちてるとは考えられんな」


 俺はターニャにソラを拾った経緯を簡単に説明した。


「確かにそれを聞けばただのトカゲだが、この鱗の色は紛れもない上級種族に間違いないわ。おっちゃんよ、妾が部屋に入らないか何故だか分かるか? もう妾は厄介ごとに巻き込まれているのじゃ。心して聞くがよい! 」


「竜族は魔王様を除けば、魔人の中でも一番強い種族じゃ。ラミア国が全ての力を結集しても、竜族数十匹に攻め立てられれば、太刀打ち出来ないほどの強大な力がある。そんな種族の子供が、人間国で見つかったと竜族に知られればどうなるか分かるか」


「どうなるかと言われても……」


「ソラを親元に返すのはもちろんのこと、お前はその経緯を話さなくてはいけないだろう。そこで妾が見過ごしたと言うことが彼らに知られたら外交問題になる、いやもう戦争じゃな!」


「いやいや、俺がターニャを売ることはしないから!」


「ハハハ、そこは猿を褒めてやるが、それは可能性の一つに過ぎない。竜族はお前が思っている以上にプライドが高く、攻撃的な性格じゃ。魔王様に負けるまでは、世界中で自由気ままに暴れまくっていたからな! だからその経緯の吐かせ方が真っ当になると思うなよ!! 妾も一国を預かる国の姫ぞ……おっちゃんには悪いが、今日の出来事を竜族に知らせるのが最善だと知れ」


 俺は彼女の真剣な言葉に何も言えなくなってしまった。


「とりあえず、妾は今日の連絡をする。それまでにお前がどう行動に出るかは自由だ。竜族がここを訪れるのは明日の朝だろうな」


「半時の猶予をくれるというのか……」


「ふん! どうとらえても良い、妾は今から帰る」


 彼女は別れの挨拶もせずに、踵を返して帰ってしまった。  


「おい! ターニャが来ていたんじゃないのか? 今日は大富豪でめためたにしてやろうと思っていたのに」


「さっきまで来てたよ……」


 俺はターニャから聞かされた、衝撃的な事実をレイラたちに伝えた。


「マジかよ……」


 彼女たちの間から、小さな驚きの声が洩れる。


 テレサは俺を見ながら


「それでおっちゃんはどうするんですか……」


「どうすることも出来ないさ……もしソラが、渡すしか選択はない」


 そう言い切った後、俺はギリッと歯を強く噛み締めた。


「そんな……」


 ルリは悲痛な顔で俺を見つめていた。


 いつもなら真っ先に言葉を発するレイラは、口を真一文字に引き結んでソラを引き寄せる。


 ソラはそんな空気とは無縁な様子で、レイラにじゃれついていた……。


 答えのでないまま時間だけが過ぎていった。


   *       *      *


「ソラよ……おまえが高貴な竜って笑っちまうよな」


 ベッドの中で丸くなって眠っているソラを優しく撫でてやると、ソラはくすぐったそうに身体をよじっていた。彼女たちには、なるようにしかならないと言ったが、自分の強がりに反吐が出そうになっていた。


 その時――


「やっぱり起きてたのか……」


 レイラが部屋に入ってきて、俺の横に座った。


「なかなか寝付かれなくて」


「こいつが竜だなんて驚いたよ、しかも高貴な種族とは笑うしかないな」


 レイラはソラを優しく撫でた。それを見た俺はプッと吹き出してしまう。


「なに笑ってんだよ」


「いや……考えることは同じだと思ってな」


「で、どうするんだ!?」


「どうもこうもないさ……とりあえずソラがただのトカゲと祈ることだけだ」


「いっしょに逃げてやるぞ」


 そう言って、レイラは俺の震えている手をギュッとつかんだ。


「十年若ければそれも出来たかもしれんな……人間を全部敵に回して生きるなんて結構、かっこいいからな。しかしソラがそれを知ったときの状況まで、おっさんになっちまったら見えてしまうのが悲しいかな」


「ふはっ! おっちゃんらしい答えだな」


「だな……」 


「じゃあ、がソラをつれて逃げるとしますか」


が時間稼ぎしますわ」


  二人はソラが起きないように小さく笑い合った。

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